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第58話 逆襲
ひと月程が過ぎた時だった。
昼休み、同じ事務所の弁護士仲間から、休憩室に呼ばれた。
「悠里さん!悠里先生!ちょっと来てください」
休憩室では事務所のみんなが前に集まりテレビ画面に釘付けになっていた。
画面の中には田中井がいた。
そして数名のΩの愛人達とその子供が記者会見を開いていた。
田中井は負けたままではいなかった。
自分に対する接近を禁止したにもかかわらず、Ωの元愛人と子供たちに自ら接触してきたのだ。
解決金を支払ったが、彼らにそれ以外の金を渡して、子供時代、田中井から自分は大事にされていたなど嘘の証言を引き出し、会見で喋らせていた。
「田中井は父親としてちゃんと僕達を養ってくれていました」
「では、なぜ田中井氏は子供たちを認知しなかったのですか?」
「自分たちがそれを望まなかったからです」
「なぜ望まなったのでしょう。大きな会社を継ぐことができたのに」
「それはですね、彼らのΩの母親達が遠慮するべきだと子どもたちに言ったからなんです。子供をつくるつもりはなかった。それに失敗してできたのに認知は要求できないと言いくるめられていた。言葉は悪いですが、Ωのひとり親には政府から助成金が出ますしね」
田中井の弁護士が最もだろうというふうに話している。
助成金が出るといっても大した額ではない。苦労して節約し、ギリギリ生活できるレベルのものだった。
そんな事は視聴者には分からないだろう。
「失敗してできたなんて、地上波使って言う言葉じゃないです!」
「ありえない」
事務所の女性たちが憤慨している。
元愛人達にも田中井は金を渡していた。
「自分が悪かったところもあります。トラップまでとはいいませんが、生活が楽になると思い自ら望んで愛人契約をしたんです」
と愛人がマスコミに話しだしてしまっていた。
それが全て金を渡されたから言った事であるのは明確だったが、世の中の人々の中にはΩに対する昔からのイメージを払しょくしきれない考えの人も多かった。
その会見で田中井を被害者だと考える人たちが出てきてしまった。
世論はまっぷたつに割れた。
この問題が連日ワイドショーで取り上げられ、専門家やコメンテーターなどがこぞって意見を言い合った。
「あの時、すべての請求をのむ代わりに、彼女たちが田中井氏に対して今後連絡、接触をして来ないことを約束させた。番関係や慰謝料請求の件について他人に言いふらされないよう他言禁止も約束させました。しかし逆はなかった」
片山弁護士がそう言う。彼の表情は硬かった。
「田中井側からΩの愛人や子供に対する接触は禁止していなかったんですね」
悠里としてはスッキリしない結果だ。
「例え、禁止していたとしても、その違反金など田中井にとっては、はした金だからな。違反してでも会見しただろう」
「そうですね、これで会社の業績が持ち直せば安いものですね」
世の中にはいい加減な人もたくさんいて、そしてみな浅はかだった。
例え嘘をついても、お金を貰えるのなら構わないと考えた愛人、その子供たち。
今まで戦ってきた自分達の力が及ばなかったのか。悠里は悔しさに奥歯を噛み締めた。
「金で動いた証拠を見つければいいのではないでしょうか?愛人達に渡った金」
「いや、本来はあの人たちを救うためにやった事だったから、彼女たちを貶めるのは違うだろう」
今までやってきた悠里と飯田弁護士の苦労が水の泡になった瞬間だった。
ーーーーーーー
その日の帰り道、ビルから出てきた悠里と一正君に石を投げつける人がいた。
ガシャンと石は後ろの喫茶店のシャッターに当たった。
「Ωのくせに生意気だ!Ωのくせに大きな顔しやがって」
そいつは走って逃げていった。
「悠里さん!大丈夫ですか!」
「ああ、大丈夫。当たらなかったよ」
一正君は心配して悠里を覗き込んだ。
この事がΩに対する差別の助長に繋がっては本末転倒だ。
「そろそろ、僕が表に出る時期だと思います」
一正君は決意に満ちた顔でしっかりとそう言った。
「機は熟したね」
悠里はゆっくり頷いた。
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