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第59話 出版

翌週新聞記事の一面、ネットに大きな広告が出た。 大手出版社から発売される。 『愛人を30人もつ男~彼の運転手を30年間勤めあげ謎の死を遂げた男の最後の手記~』 ノンフィクション、作者は沢田一正。 この話は沢田さんの業務日誌と個人的な日記を基に一正君が書き下ろしたものだ。 悠里が監修した。作中の出来事は虚構によらず事実に基づくものである。 不慮の事故で死亡した沢田さんの死に疑問を抱き、息子である一正君がその事件に向き合い犯人は誰なのかを問う内容になっている。 世間はこの話が田中井の話であると確信し、マスコミでも大きく取り扱われ一気にベストセラーになった。 警察は有耶無耶になっていた自動車事故の捜査をもう一度最初から調べなおし、人々は田中井を許さなかった。 悠里親子の事は作中でもかなり詳細に書かれており、のちにΩ専門法務士になったという事が書かれていたため、自ずとその人物が誰なのかの特定に至った。 番関係や慰謝料請求の件について他人に言いふらされないよう他言禁止の約束はあったが、あちら側が先にこちらに接触してきたことで無効にできると朔也は確信していた。万が一違反したときの違約金を支払ってもその額は朔也に払える金額だった。 一正君は田中井から何も得ていない。愛人でも、田中井の子供でもない赤の他人だ。勿論慰謝料や解決金などの現金を受け取ってもいないので、彼が沢田さんの運転手時代の業務日誌や個人の日記などを文書にして出版したとしても何ら問題はない。 もし業務日誌が社外秘だと訴えられたとしても戦う準備はしていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて一正君が悠里のマンションに来た時に、自分は父親の無念を晴らすため、にこの手記を基に本を書いていると告げられた。 お父さんの命が奪われたこともあり、悠里はかなり心配したが、ひとつひとつの事例を細かく攻撃していくよりも、この暴露本を出版した方が衝撃は大きいだろう。確実に息の根を止められる。 個別攻撃よりも一網打尽にする方が田中井にとっては効果があると思った。もうこれ以上誰も被害者を出したくない。 「とても危険だし、君も命を狙われる可能性がある」 作品に目をざっと通した。 彼はかなり前から執筆していたなと感じた。 父親の仕事内容を裏付ける調査もちゃんとしている。出来栄えに驚いた。 「はい。僕は覚悟ができています。悠里さんを巻き込むのはどうかと思ったのですが、納得してもらえて強力な戦力になる人は、あなた以外に考えられない」 一正君の決意は固いようだった。 「これ以上誰も危険な目にあってほしくない。だからこれは僕と君だけで進めよう。それが条件だ。君のお母さんも、飯田先生も関係ないし話はしない。それでやれる?」 お母さんの安全を確保できるか。出版されれば、当分身を隠す必要がある。安全な場所へ避難するなど考えなくてはならないだろう。 「もちろんです」 たくさんいるΩの愛人たちの中でも、抜きんでて悠里母子の関係は目を瞑りたくなるほど悲惨だった。 他人から見て、これほど酷い状態に見えたのかと我ながらショックが大きい。 これが世間の目に晒されるとなると、自分も恥ずかしい思いをするだろう。 目にした読者の人は悠里を可哀そうだと思うだろう。誰かの同情を買う事を望んでいるわけではない。 けれど、沢田さんの無念を晴らす目的なら自分の恥なんてどうだっていい事だ。 「全面的に協力します。そして、君の事は命がけで守る」 悠里はそう言うと、一正君と固く握手をかわした。

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