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第60話 梶さんの策略

田中井氏はこの話を事実無根とし出版差し止めを求めたが、出版社がそれを許さなかった。彼らは強かった断固戦う姿勢を貫いた。 名誉棄損で訴えると言っていたが、田中井氏が動き出す前に田中井物産がTOBされた。 本が出版されるや否や、田中井物産の株価が急激に下落した。これ以上はというぎりぎりのラインまできた時に田中井の本妻や実の子供たち家族が持つ株式17.35%をMIハーバーに売却したのだ。 TOBの5%ルールに抵触する手前まで株式の保有率を高めていたMIハーバーは親族から買い取った株を含め22.35%保有する事になり、これにより田中井物産の筆頭株主とななった。 その後即座に、敵対的なTOB=株式の公開買い付けについて、TOBが成立したことを発表した。 株式の66.7% ほぼ完全に経営権を獲得するための3分の2をMIハーバー製薬株式会社が手に入れた。 買い付け総額は1株当たり2865円、最大で65億円だった。 梶さんの会社が田中井物産を手に入れたのだ。 田中井は一正君を訴えている場合ではなくなった。あたふたと動き回り、あらゆるところに助けを求めたが、身内から裏切られ、関係先からも自らの会社の従業員達からも見捨てられた。 簡単に嘘をつき人を裏切り「自分さえよければ他はどうでも良い」という残酷さが自分の身に返ってきたのだろう。まさに因果応報。 それに追い打ちをかけるように、ひき逃げ犯が捕まった。暴力団の末端の若い男が別件で逮捕されたのだ。ひき逃げをした盗難車の中のDNAがその男の物と一致した。男はひき逃げを認め田中井氏の関与をほのめかし、田中井は沢田さん殺害の殺人の教唆犯として逮捕されたのだ。 教唆は、「人を教唆して犯罪を実行させた」ことで成立する。 人に犯罪行為を遂行する意思を生じさせて、それに基づき犯罪を実行させることだ。 つまり、教唆行為によって、正犯における犯罪行為を遂行しようとする意思が惹起され、その意思に基づいて犯罪を実行し、構成要件該当事実(殺人罪の場合には、人を殺すこと)の発生という、一連の因果関係が肯定されたのだ。 教唆犯の法定刑は、正犯のそれと同じでなので、教唆犯であっても起訴され有罪判決を受ければ、死刑または無期もしくは5年以上の懲役刑が科される可能性がある。 裁判が行われ懲役刑が科される、場合によっては死刑だってありうる。悠里達の身の安全は確保されるだろう。もう田中井は檻の中だ、金もなけれは友人もいない。家族は彼の事を見放している。 なけなしの金を使って弁護士を雇ったが、今まで自分の命令を何でも聞いてくれた弁護士は金のない男の味方にはなってはくれなかった。 他人の善意を期待しても意味がない。田中井の頭の中は「どうすれば自分が得をするのか」でいっぱいだから。 自分で犯した罪はちゃんと償わなければならない。 そして東京地方裁判所(刑事部)担当裁判官一覧。 そこには以前福岡裁判所にいた、『谷 判事』の名前があったのだった。

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