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第31話 生け贄の王子(5)

 3ー5 1人じゃない。  僕は、1人でスラムの娼館へと戻った。  魔法学園を去る僕にテシガアラがそっと小さな箱を手渡した。  「リリアンが渡してくれって」  箱の中には透明な魔石のペンダントが入っていた。  ほんとに小さな魔石だったがそれでもかなりの値段がする筈だ。  「こんなの受け取れないよ」  「これには、リリアンの治癒魔法が込められてる」  テシガアラが返そうとする僕の手にペンダントを握らせる。  「リリアンの気持ちだ。受け取ってやれ」  僕は、ペンダントを握りしめてまた、涙ぐんでしまった。  僕の涙を見てテシガアラが困った顔をした。  「もう、泣くな」  テシガアラが僕の涙を指で拭った。  「お前は、一人じゃない」  僕は、スラムに向かう途中の馬車の中でペンダントを握りしめていた。  魔石は、ほのかに暖かかった。  リリアンの魔力の波動を感じて僕は、口許を歪める。  嬉しいような、寂しいような。  複雑な気持ちだ。  リリアンは、もう立派な大人の女性になってしまったんだ。  いつまでも小さな可愛いままの妹じゃない。  それは、テシガアラにも言えることだった。  テシガアラは、僕に守られているだけの存在じゃない。  僕は、1人じゃない。  リリアンもいるし、テシガアラだっている。  僕は、胸が詰まるような気持ちがしていた。  3年間。  僕は、ずっと1人だと思っていた。  ラクウェル兄に敗れて娼館に墜とされてからずっと1人で堪えていた。  どんなに嘲笑われようとも。  どんなに蔑まれようとも。  僕は、1人、堪えていた。  もう。  僕は、1人で堪えなくてもいいんですか?  僕は、馬車の中で涙していた。  ああ。  また、テシガアラに叱られてしまう。  僕は、泣きながら微笑んだ。  もう、1人で泣くな。  そう、テシガアラは、言った。  これからは、リリアンとテシガアラがいる。  僕は。  馬車の中には僕以外の客はいなかったから僕は、我慢せずに泣いた。  いや。  テシガアラにこんなことがバレたらまた、嫌がられそうだけど今だけは泣かせて欲しい。  これは、悲しみの涙じゃない。  僕は、嬉しかったんだ。  

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