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第4話

 ピザガーデンまで歩いて十五分とかからない。ガードレールで隔たれた歩道を歩いていると、隣を走る車が行き交い、小さな台風が巻き起こる。  長めの髪がふわりと上がり、ぐしゃぐしゃと乱される。手櫛で適当に直しても、再び風は舞い上がるので面倒になってそのままにした。  空は相変わらず重たい雲を纏ったままで、寒さが増す気がする。昨日の粉雪はすぐに止んだが、今日も降ってきそうな気配がある。  何日も太陽をみかけていないせいか、突き抜けるような青空が恋しくなった。  コートの合わせ目を手繰り寄せ、マフラーに顔を埋める。ポケットに入ったホッカイロを握ると、温かさから手のひらがじんと痺れた。  厚着をしていてもこの辛さだ。あの子はもっと寒かっただろうな、と頭を過る。  大きなシャツ一枚だけの圭の姿。身体中には幾多の痣があり、ただならぬ環境に身を置いている不運な少年。  昨日は暴力は振るわれなかったか、痣は増えていないか。ぐるぐると身体中を駆け巡り、出口を求めて彷徨う。  「おはよう。今日は早いんだね」  一気に現実に戻され視界が開けてくる。いつのまにか店に到着し、奥田がキッチンから顔を覗かせていた。  「おはようございます」  「今日も行けそう?」  心配そうに尋ねてくるということは、少なからず負い目を感じているようだ。潮見が断れないことを見込んで、頼んだ節もあるから仕方ないか。  「平気です」  「そっか。やっぱり潮見くんに頼んで正解だったな」  「やっぱりってなんですか」  「やっぱりは、やっぱりだよ。潮見くんで間違いなかったなって」  つまり俺が続けることを予測していたことだよな。それはそれで手のひらで転がされたようで面白くない。  「断ったら、どうするつもりだったんですか?」  「そしたら……相馬さんにはお断りしてたかもね」  圭を見放すと同意語に、潮見は目を丸くした。絵に描いたような善人とは思えない冷たい言葉は、現実の厳しさを物語っている。  虐待されているとわかっていても、自分たちでは何もできない。警察に訴えてももう一度調べて貰えるかどうかも怪しい。  野放しにするくらいなら、いっそ最初からなかったことにするしか方法はない。  「潮見くんだけが頼りなんだよ」  縋るような目で見つめられ、潮見は堪らず視線を逸らした。  俺は、そんなにできる人間じゃないんだ。  「バイトに向ける言葉とは思えないですね」  「バイトだろうと、社員だろうと関係ないよ。人として、潮見くんを信頼しているんだ」  「過信し過ぎですよ」  わざと軽い口調で返し、逃げるように更衣室に向かう。背中に刺さる視線がちくりとした痛みを残したが、気付かないふりをした。

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