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第14話

 人間は順応性が高い生き物だ。  隣で誰かが眠っている、という状況は経験したことがなかった。最初は慣れなくて寝不足が続いたが、今では圭の温もりを包み込むと深い眠りへ落ちていけるようになった。  目を覚ますと、圭は潮見の肩に首を預け丸くなって眠っていた。気持ちよさそうに寝入っている姿をみていると、釣られて目蓋を閉じそうになる。  体温の高い圭のお陰で布団の中は温かいが、暖房を切った部屋は寒い。布団から出る勇気がもてずぐずぐずしていると、圭の羽毛のような目蓋が震えた。  「起きたか?」  ゆっくりと目蓋が開かれる。カーテンの隙間から斜光が漏れ、圭の瞳が幻想的な輝きをもつ。  「……おはよう」  「まだ寝てていいんだぞ」  「しおは起きるの?」  「今日は仕事もないし、もう少しゆっくりしてる」  「そっか。じゃあ僕も寝る」  目蓋が閉じられ、再び規則正しい寝息が聞こえてきた。肩を冷やさないように布団をかけてやり、乳白色の頬を撫でた。そこに涙の痕が残っていることを、圭は気付いているのだろうか。  圭を秋人から引き離し、潮見の家に連れ込んだ。血相を変えて飛び出て来た圭を突き放すことなんてできない。考えるよりも先に身体が動き、秋人の手から必死で逃れた。  警察沙汰になっていないか肝を冷やしたが、新聞にもニュースにも載っていない。だとすると、今頃血眼になって探しているのだろう。  ここがばれるのも時間の問題だ。  このままでいいはずがない。きちんと秋人とのことを決着つけなれけばならない。  けれど圭に秋人の話をして、出て行ってしまうことが怖かった。一人を淋しいと思ったことはないのに、圭の傍を離れたくない。このままずっと一緒にいたいと思ってしまう。  腕の中で眠る小さな温もりを抱きしめる。  首筋から香る圭の甘い匂いを鼻孔いっぱいに吸い込むと胸が騒いだ。  どきどきと鳴り響く心臓が皮膚を突き破りそうだ。眠気もどこかへ飛んでしまって二度寝どころではない。圭を起こさないように、ゆっくりと布団から抜け出した。  「どこに行くの?」  パーカーの袖を引っ張られ振り向くと、圭が不安そうにこちらを見上げていた。目の下は薄らと赤く腫れている。  「喉が渇いたから、水を飲んでくる」  「やだ。ここにいて」  「すぐ戻る」  「やだ」  「……困ったな」  圭はけっこう我儘だ。いや、やっと本音が言える環境になったと言うべきか。喜ばしい変化ではあるが、これ以上傍にいると心臓の音がばれてしまいそうだ。  「圭も喉渇いただろ」  「全然平気。ほら、ぎゅってして」  潮見の腰に抱きつき、離さないとばかりに力が加えられた。こうなってしまっては言うことを聞くまで離して貰えないだろう。こういう我儘で子どもっぽいところも可愛いと思ってしまう。弟がいたらこんな感じだろうか。  「わかったよ」  観念して布団に戻ると、圭の顔に明るさが増す。早く早く、と急かされ圭の背中に腕を回す。スーパーで買った安物のパーカーから、仄かに新品の香りがした。  「しおがぎゅってしてくれると、安心できるんだ」  「そうか。わかったからもう一度寝ろ」  「うん。絶対離さないでよ」  くどいくらい念を押してから、圭は再び眠りへと落ちた。  寝癖のついた髪を撫でながら、潮見も諦めて目蓋を下ろした。

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