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第15話
確信があったわけじゃない。ただこのまま施設にいたら、取り返しのつかなくなる予感だけがあった。神経質すぎる体調管理や、知識が制限され自由がないこと、何より大人たちへの不信感が日に日に募らせる。
自分が感じたものを山野辺に相談すると、真剣な面持ちで口を開いた。
『ここから逃げ出そう』
『でも俺たちはいつも監視されている』
部屋の天井にぶら下がっている監視カメラを睨みつけと、山野辺も引っ張られるように目線を上げた。二十四時間監視されているので脱走してもすぐに捕まってしまう。
『俺が囮になって職員たちを引きつける』
『どうやって?』
『それは後で考える』
『危険だ。もしものことがあったらどうするんだ』
しっと山野辺は指をたてた。狭い倉庫では二人の声が響きやすく、あまり大きな声で話していたら会話が聞かれてしまう。
『俺を信じろ』
決意の籠もった瞳で見つめられると、反駁の余地がない。芯の通った山野辺の声は大丈夫なような気もしてくるから不思議だ。
山野辺は俺の話を信じてくれているんだ。
信憑性もないただの予感だけの話に。だったら俺もそれに応えなければな。
『わかった。でも二人で逃げ出した方が』
『それはだめだ。人数は最小限に留めた方がいい。もちろん他のやつに言うのもだめだ。どこから話が漏れるかわからないからな』
一人で外に出ることは怖くて仕方がなかったが、そうも言ってられない。ぐっと言葉を呑み込んでから首肯した。
『じゃあ今夜の消灯時間後に俺は職員たちを引きつける。その間に窓から逃げ出せ』
『わかった。外に出て施設の状況がわかったらすぐに助けに行く』
『期待してるぜ、相棒さん』
拳を突き合わせて再会を固く誓い合った。
失敗は許されないたった一回きりのチャンス。この施設の日常が本当に外の世界のすべてなのだろうか。それを確認しなければならない。
約束の時間が刻一刻と迫ってくる。布団を頭から潜り、ただその時がくるのをじっと待っていた。
『うわあああああ!』
廊下から山野辺の絶叫が届く。廊下を右往左往と走り回り、大浴場の方へと遠ざかっていく。
何事だ、と職員たちが自室から出ていく音が響く。子どもたちも驚いているようだったが、消灯時間後は部屋にでてはいけない決まりをきちんと守っている。ベッドから頭を出し、隣のやつと何やら話している。
ドアにぴったりと耳をつけ廊下に誰もいないことを確認し、そっとドアノブを捻った。部屋を出ていこうとする潮見に一人が声をかけた。
『どこ行くんだ。部屋にいないとだめだぞ』
『……また戻ってくる』
『おい!』
みんなの制止を振り切り足音を立てないように食堂へ目指した。浴場とは反対側にあり職員たちの自室からも一番離れている。そっと中を伺うと真っ暗な食堂は人の気配がない。
近くにあった窓の鍵を開ける。もうすぐ外に出られる、と気を緩めると、パチンと部屋の明かりが点けられた。
『そこで何をしている!』
職員の一人が目尻を吊り上げて走り寄ってきた。悲鳴をあげるよりも先に、窓から外に出て、転がるように山を下った。
『くそ!おい、一人脱走したぞ!早く捕まえるんだ!!』
やばい、やばい、やばい。汗が吹き出し心臓が早鐘を打つ。あんな怒声いままで聞いたことがなかった。鬼気迫る圧力に身体の動きが固くなる。
みつかったら確実に殺される。
自分を励まし叱責しながら山を下りていく。遠くから獣の咆哮のような声が聞こえたが耳を塞ぎ夢中で走って行った。
絶対みんなを助けに戻ってくるから。それまで無事でいてくれ。
涙が滲み視界が歪む。月明かりだけを頼りに木々を擦り抜け人里を目指す。
足が縺れ何度も転んだが、その度に立ち上がり声が聞こえなくなるまで走り続けた。
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