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第7話

こっちに戻って来たけれど、昨日は自分の家に入ることが出来なかった 扉を開けようとするだけで、呼吸が苦しくなってしまい、涙が溢れ出してしまった 仕方なく、昨晩は会社近くのビジネスホテルに泊まって一夜をひとりでゆっくり過ごした そのお陰で、落ち着くて今後についてゆっくり考えることが出来た それだけが、唯一よかったことかもしれない 店のみんなには悪いけど、近々移動願いを出そうと思う 大阪以外の何処か違う店舗に行かせて貰おう それが無理なら……、仕事を辞めようと思う 一番は、こっちの方がいいかもしれない… どうしても、本社に行く機会は出てくるから、その時に鉢合わせするかもしれないし… どこか、違う場所に行って、一からまた始めようと思う もう、恋人は作らない 誰も好きにならない 司馬には悪いけど、やっぱり、琥太郎(こたろう)の事、諦められないから… ここに居たら、またどこかで2人に会うかもしれない スーパーとか、家の近所とか、会社の近くで… 仲睦まじい2人の姿を見て、冷静にいられる自信がない… 人目も憚らず、泣いてしまうかもしれない… 自分がこんなに女々しい奴だったなんて知らなかった 琥太郎(こたろう)とこれからもずっと一緒にいれると思ってた ずっと、好きな人と一緒に過ごせて、好きな仕事を続けられると思ってた 本当は、今日、外に出て来るのも怖かった 琥太郎(こたろう)……櫻井さんが、もう復帰してるって聞いてたから… 本社に顔を出したら、もしかしたら、遠目にでも会うかもしれない 会わない様に気を付けようと思うけど、絶対に会わないって言えなくて… これ以上、嫌われたくない また、あんな目で、あんな冷たい声で、「顔も見たくない」って言われたくない 「竹内 朝陽さんですよね」 不意に後ろから声を掛けられ、自分の世界に閉じこもっていたのを引き戻される 「え、あ…はい、そうです。って、あれ?」 慌て振り返ると、そこには黒色のパーカーを着た、自分よりも少し背の低い人物が立っていた 顔は、フードを深く被っているせいで見えない 歪な笑みを浮かべた口元が印象的だった でも、最近聞いたことのある声だった 思い出したくない、一番会いたくない人の声 琥太郎(こたろう)の病室にいた、恋人だと言っていた人の声に似ていた 「こんにちは。そして、サヨナラ。」

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