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scene 4. 虹の彼方へ

 何度も何度も角度を変え、深く舌で探りながら、ルカはテディの頬を親指で撫でた。顔にかかるダークブロンドの髪を耳にかけてやり、息を解放すると今度は頸筋に舌を這わせ、きつく吸いつく。所有の印を刻みこまれる歓びにテディが熱い息を溢し、震えた。  初めて肌を合わせたのは十五の頃で、それからもう三年が経つ今は頸筋が弱いことも、脇腹は擽ったがるだけなのでムードが壊れることも、執拗に胸の突起を責めると身を捩って泣きだしそうになるほど効くことも知り尽くしていた。左手で胸を撫で、指先に触れたつんと尖ったそれをころころと捏ねてやり、頸から胸許へと痕を残しながら唇で辿ってくる。そしてねろりと右側の尖りを舌で包み、軽く噛んでやるとテディは躰を反り返らせながら、せつなげな声を溢した。 「はぁ……んっ、そこばっかりもう……やっ……」  膝を割っているルカの脚にテディが自分の脚を絡め、急かすように腰を揺らめかす。ルカはその脚を取って腿から後ろへと手を滑らせ、期待にひくつかせているそこに指先で触れた。テディが手を伸ばして枕許に置いてあった『Pjur(ピュア)』と記された黒いボトルを取り、ルカに渡す。熱を湛えて妖しく揺れる灰色の瞳を見つめながらルカはキャップを開け、猛りきった自身に手に垂らしたそれを塗りつけ、今から自分を受け入れる場所を愛撫した。  少し解してやっただけで、そこはすぐに準備ができたようだった。否――柔らかいままだった、というのが正しいか。窄まりに自身を充がい、ぐぐっと腰を進めると「あぁ」とテディが淫蕩な表情で声を溢した。  どこかのボルトが緩んでいるらしく、テディを組み伏せたルカが動くたびにベッドはぎしぎしと軋み、壁に当たって音をたてた。テディが抑えられず漏らす声がその音と重なり、それに煽られるようにしてルカの動きもだんだん激しさを増していく。追いつめられ、あられもない声をあげながら足を爪立たせ、背中を掻き、せつなげに名前を呼ぶその声に快感が高まり、自分がまるごと呑みこまれそうな錯覚に陥る。 「あっ、あっ、あぁ……ルカ、いい……っ! ルカ、もう……っ――」 「ああ、テディ……、一緒に……っ」  徐々にピッチをあげながら激しくなっていた音は、やがてテディが狂おしげにルカの名前を連呼すると、ぴたりと止んだ。躰の奥深くでどくんと脈打つものを感じながら、テディもほぼ同時に自分の腹の上に迸らせる。長めに伸ばした髪を振り乱したルカが(くずお)れるようにテディに覆いかぶさると、名残のように、ぎっ、とベッドが音をたて、僅かに揺れた。  静まりかえった部屋のなか、かわりに耳を擽るのは互いの荒い息遣いに変わり、ふたりは熱を保とうとするかのようにぴたりと肌を合わせたまま、じっとブランケットに包まっていた。  ――まったく利かないオイルヒーターは電気を喰うだけ無駄な気がして、スイッチはオフにしたままだった。鼻先に感じる部屋の空気は冷たく、ベッドから出たくはなかったが、ずっと裸のままこうしているわけにもいかない。ふたりは意を決したようにブランケットから這い出ると、厚手のスウェットスーツをすっぽりと着て靴下も穿き、またベッドに戻った。 「うぅ、寒ぃー」 「アラームかけた?」 「ああ、ちゃんとかけてある。でもアラームが鳴る前にあのチビらの声で目が覚めるよきっと。四時間おきくらいにミルクなんだろ?」 「うん、そう書いてあった……ちゃんと起きられる?」 「大丈夫だろ」  電話にでたエメシェというシスターには明日の朝、ミサの準備があるので九時より早い時間に来てほしいと云われていた。日中、ミルクを飲んでは少し遊んで眠るのを繰り返した仔猫たちは、今またセーターに包まれ、箱の中でおとなしく眠っている。  すっかり夜も更けたこの時間、窓の下辺りからひんやりとした空気が床を這うように広がり、部屋の温度はますます下がっていた。ふたりは狭いベッドのなか、互いに背中に手をまわしてぴたりと躰を寄せ合い、何度もキスをしてそのまま眠りについた。  ふと目が覚めたのは何故だったのか――アラームの音は聞こえず、ミルクをやるために起きなくては、という意識があったから自然に目が覚めたのかと、ルカは思った。が、時計を見るとアラームをセットした時刻をもう二時間ほども過ぎていて、カーテンの隙間からはうっすらと朝焼けの色が滲んでいた。  ミャ、ミャ、とか細く鳴く声が耳に届く。ぐっすり眠っていた所為で音に気づかなかったのかなと思いながらルカは、テディを起こさないようにそっとベッドから出た。冷え切った部屋の空気にぶるっと震え、よしよし今ミルクを作ってやるからなと椅子にかけてあったカーディガンを羽織り、カーテンを半分開ける。  ――テーブルの下辺りに見えたそれを、初めはまたテディの脱ぎっぱなしの靴下かと思った。だが眠い目を擦り、それがなんなのかに気づくと、ルカはまさかという思いでそこにしゃがみこんだ。  恐る恐る手を伸ばして触れ、愕然とする。 「そんな……」  仔猫は既に冷たく、硬くなっていた。  なんでこんなところに、と箱のほうを振り返る。すると、もう一匹がセーターに懸命にしがみつくようにして前脚を伸ばしているのが見えた。だがその仔猫のほうは鳴き声も小さく、箱から出たりはしそうになかった。  ルカはゆるゆると頭を振った――死んでしまっているのは、元気に鳴き、動き、たくさんミルクを飲んでいたほうの仔猫だった。  セーターをよじ登って、箱から転がり出てしまったのだろう。しかし戻ることなど、もちろんできるはずもない。そしてそのまま、寒い部屋の床の上で体温が下がり、弱って―― 「ルカ、おはよ……」  テディが目を覚まし、ブランケットに包まったままルカを見た。が、ルカはがっくりと肩を落としたまま、なにも云えなかった。 「……どうしたの」  なにか察したのか、テディがベッドから出てルカに近づいた。  ルカの視線の先の動かなくなった仔猫を見て、テディはなにが起こったのか気づき、息を呑んだ。がくりと膝をつき、微かに震える手で仔猫の躰をそっと抱きあげると、その変わり果てた感触に茫然とする。 「――なんで?」  そう声にだした唇が震え、見開いた大きな瞳には涙が溢れた。ルカはやりきれない表情で首を振った。 「俺が悪いんだ……俺がセーターなんか入れたから、箱から出てしまったんだ。いや、まだこんなに小さいのに目を離して寝るのも間違いだった。俺の所為だ……」 「ルカの所為じゃないよ、そんなこと云うなら俺だって……」  テディはそうしていれば息を吹き返すとでも思っているかのように、冷たく硬い躰を撫でている。その手に、ぽたりと涙の粒が落ちた。ルカはそれをじっと見つめ、仔猫を包んでいるその手に自分の手を重ねた。 「飼えないんだからって思ってつけなかったけど……、こんなことなら名前、ちゃんとつけてやればよかった」 「今からでもいいじゃない。つけてあげようよ……雄か雌かはわかんないけど」  テディはずっと仔猫を撫で続けている。ルカはか細い声で鳴いている箱の中の仔猫を見て、「ああ、あいつにミルクやらないと……」と呟いて立ちあがった。 「……ドロシー」  テディが口にした名前を聞いて、ルカは振り返って頷いた。 「ドロシーか。うん、いい名前だな……」  気づけば外はもうすっかり明るくなっていた。テディは涙をいっぱいに溜めた目で窓のほうを見やり――ふと、なにかに驚いたように瞬きをした。  眩しい朝陽のなかに、虹を見たような気がしたのだ。  涙がまた頬を伝って落ちていき、テディは小声で呟いた。 「ごめんよドロシー。……さよなら」

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