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ハハハ!ついに見つけたぞ 0.2

僕は目を凝らした。霊感ゼロだから幽霊が見えるはずがない。つき添う予定の人が代わりに来たのか、立ち見席の人が空席を見つけてちゃっかり座ったのか(地方のアマチュア主催の演奏会はその辺がなかなかにゆるい)  最後指揮者が戻って来てオーケストラを全員立たせ、締めの礼をする。これを合図に皆帰り出してもいいタイミングなのだが、なんと八割近くの人はまだ残っていて僕たちに拍手を送り続けていた。指揮者がもう一度ソリストを連れて出て来る。合唱団を含む奏者全員、これ以上名誉な事はないだろう。  件の席を立って帰ろうとしているその横顔に僕は見覚えがあった。 「阿久津先輩!」  普段の僕ならそんなことは絶対しない。だが、その時ばかりは本当に魂が半分抜けてしまったようなところに別人格が出現したか、普段と全く違う脳内物質が大量に噴出したか。  僕は本番中にあれだけ敵前逃亡の衝動を必死で抑えていた男と別人格になり、次の瞬間には繋いでいたチギラさんの手を振り解いてひな壇の最後列から後ろに飛び降りた。 「きゃあ」とか「ええっ」とか他の団員が声をあげるのを背中に聞きながら、挨拶のために起立したオーケストラの脇を走り抜けて舞台を回り込み、いよいよ退場しようとする六道先生と四人のソリスト達の目の前で舞台から客席に飛び降りた。  チケットの件もそうだが、ここで逃がしたら阿久津さんにこれまでの疑問や抗議をぶつける機会を永遠に失ってしまうーーわざわざ僕の演奏会を聴きに来た理由も含めて。 「阿久津先輩!待って!」  関東平野並みの平坦な自分史ランキング歴代ぶっちぎりトップレベルの緊急事態に、火事場の馬鹿力的なアクロバットを披露した僕だが、元々運動神経も反射神経も皆無で特にヒーローに変身する能力も特に授からなかったもんだから、急に百メートル九秒台のスーパースプリンターにはなれない。  もしなれたとしても、半数ほどがロビーに出ていた帰り客に動線を阻まれるのは避けられなかっただろう。見失ったと思った阿久津さんが人混みの向こうにちらりと見えた。 「すみません」「失礼します」を連発しながら、順番も周りの人の迷惑も無視して人混みを掻き分ける、というこれまた人生初の芸当をやりながらなかなか縮められない距離にじりじりしていたその時。 「危ない!」 「何するの!」  名前を呼べば聞こえそうな距離にようやく近づいたと思ったその時、阿久津さんは周囲の人を半ば突き飛ばすようにして突如ホールの外に走り出た。 「大丈夫ですか!」  気が気ではなかったが、割を食って尻餅をついた紳士やご婦人たちはどう見ても一度の転倒が人生を暗転させてしまいかねない年代の方達だったので、さすがに放ってはおけなかった。  刑事ドラマや時代劇の捕り物ならいざ知らず、年齢層の高い観客の中でこんな無茶をするなんて。受付の人たちもびっくりして駆け寄ってきたーー彼らも転倒した人たちと似たり寄ったりの年齢層なのだが。 「何やってるんだ!」  驚いて文字通り腰を抜かしてしまった女の人を助け起こしていると、騒ぎに駆けつけた受付の人達に思いきり怒られてしまった。 「す、すみません」  「そうよ。何やってるのよ!」  背後から比較的若い女性の声がして、腕を掴んで力任せに引き起こされる。 「さっさと追いかけなさい!ここで逃げ出されたらそれっきりになっちゃうわよ!」 「ええ?」  見ると「キャリア女性の休日」といった雰囲気の、シンプルだか質の良さそうなコートとバッグを手にした、僕と同年代くらいの女性だったーーいや、女性の見た目年齢というのはあまり当てにならないもんなんだけど。  初対面なのは確かだが、声になんとなく聞き覚えがあった。 「あなた、藤崎さんね」 「え、ええっと……?」  

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