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ハハハ!ついに見つけたぞ 0.4
駅に向かう国道が少し混雑し始める時間だが、それでもおそらく10分足らずで着くだろう。タクシーに乗った後、僕はずっと気になっていた事を恐る恐る聞いてみた。
「あの、芳川さん。どうしてわざわざ演奏会に来てくれたんですか。やっぱり、阿久津さんを捜しに……?」
「まさか。どの面下げて来てるんだとは思ったけど」
芳川さんは軽蔑し切った口調で吐き捨てた。
「ええと……、とにかく演奏会に来てくださってありがとうございます」
「あなたのためじゃないわよ」
知ってます(泣)
お役所の慇懃無礼な紋切り型とはまた別方向に萎縮させられるのだが……あれ、でも僕悪くないよな?
芳川さんはふ、と薄く笑うとこう言った。
「千木良翔さんからお電話をいただいたの」
「ええっ、チギラさんから?」
それこそ何で?
「お知り合い……なんですか?」
「ずっと以前、出向先で芸術関係の団体に関わる仕事をしていた時にPRイベントで舞台デザインを手掛けてもらったことがあって。当時は国際的活躍を期待された若手アーティスト筆頭だったのよ」
チギラさんが東京で活動していた時か。
「突然セミリタイア状態になって、個人的に残念だと思っていたのよ。阿久津が迷惑を掛けた合唱団に彼がいたなんて知らなかったけど、年賀状程度では繋がっていたの。阿久津がキャンセルしたチケットを売り捌こうとして一生懸命だったんでしょうね」
「……」
「演奏会当日は空いていたしこれも縁だと思ってね。ジャンルを問わず、アマチュアの自主団体の台所事情がどこも台所事情が楽じゃないってことも知ってるし」
芳川さん……意外といい人だな!
「それにしても」
芳川さんはため息をついた。
「阿久津の周囲の人たちは常識があって義理堅い人たちばかりよね。どうして彼だけが……」
そう言って頭を抱え、呪詛のような独り言を呟いた時、駅に着いた。
家を出る時、何は無くとも免許証の入った財布とスマホだけは持って出たのだが、舞台に出るためにチギラさんのバッグに入れて楽屋に置いてもらっていた。そういう訳で今、持ち合わせがない僕は芳川さんに頭を下げてタクシー代を払ってもらった。
「後で現金書留か振り込みで送金します!」
「要らないわよ。割り勘にしたら書留代とかATM手数料の方が高そうじゃない」
そんな男前な芳川さんは新幹線の駅に向かうホームで刑事ドラマの鬼刑事よろしく腕組みをしたまま仁王立ちになり、僕は一箇所しかない改札の外で阿久津さんを待ち伏せした。会館経由のバスが数本到着し、一時間に二本しか発車しない電車を五本見送っても、阿久津さんはついに現れなかった。
「タクシーで新幹線の駅まで直接行ったのかもしれないわね。どうして思いつかなかったんだろう」
芳川さんは忌々しそうにそう言うと「もし連絡が来たら教えてちょうだい」と言い残して六本目の電車で帰った。
僕にできることなんてきっともうないんだろうーー阿久津さんが居所を教えてくれるなら別だけど。
気が抜けたとたん忘れていた足の痛みが急に増し、泣きながらその場にうずくまった。
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