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ハハハ!ついに見つけたぞ 0.7
とりあえず奏の心配より僕自身の事だ。生活のことを考えるとテレビとネット三昧の寝正月なんかしている場合ではない。
せめて見識を広めて奏との会話に乗り遅れないようために、昭和世代らしく読書でもしようと思うが、本なんかここ数年買ってない。
ア◯ゾンで中古を買えば送料がかかるし、図書館に行こうとするとバス代がかかる。金をかけずに生活するには引きこもるのが一番で……きっとこうやって老人の社会的孤立や孤独死っておきるんだろうな。
せめて唯人さんの遺してくれたレコードを聴いてみたいが、よりによって曲目がトラウマまっただ中の第九だ。
レコードプレイヤーだけでも探してみようと、結局インターネットを検索したがそれなりに値段が張る。
リサイクルショップを探し歩くか、持っていそうな人を探すかーー学生時代や前の会社の友人知人とはつながりが切れてしまっているし仕事や合唱団の知り合いは気まずい。実家のステレオはもう数年見ていないので処分したと思う。姉さんも持ってないだろう。
演奏会後のタクシー奪取と夕飯会ドタキャンで、実家の親(特に母)から苦情の鬼電が来るかと思いきや、意外と静かだ。
姉によると、転倒して安静を言い渡されたという事にしてくれているそうだ。僕が舞台から飛び降りた騒ぎは見ていないそうで助かった。もし見ていたら一言くらい何か言って来たかもしれないーーまあ、機嫌は損ねているのだろうが。
やっぱり実家方面もしばらく気まずいや。足さえ治ればこっそり行ってダメ元で家捜し出来るんだが。
さっき消したはずのテレビのリモコンを無意識にいじっていたらしく、駅伝の中継が目に飛び込んできた。
おそらく日本国民の過半数が暖かい室内でぬくぬくだらだらと過ごしているであろうこの日この時間に、これまでの全人生を賭けて小雪や寒風の中、集団で長距離走の苦行に挑む若者達が全く別世界の違う生き物に思えるーー人類が進化するためには長い時間と不断の努力が必要だが退化するのは一瞬だ。
うだうだといつものうたた寝モードに入りかけていた時、玄関のインターフォンが鳴った。
ここ数年、来客と言えばセールスか勧誘くらいだが最近はその界隈すら不況と高齢化に見舞われているのか滅多に来なくなった。
正月早々、よほど切羽詰まっている業界なのか……断るのも面倒だしこの足だし、居留守を決め込むか……と。
「藤崎さあん、お留守ですかあ?」
「だいくのおじさあん」
インターフォンではなく安普請のドア越しに、聞き覚えのある大人と子どもの声がする。
「チギラさんっ?」
思わずその場で聞き返してしまった。合唱で鍛えた呼吸法のおかげで僕の声も届いたはずだ。
「スナオさん!大丈夫ですか」
男二人暮らしのいつもの事で、わざわざ言わないと奏は鍵を閉めて行ってくれない。玄関のドアががちゃりと開く音がして僕は慌てた。
「いや!大丈夫です!今そっちに行きますから!」
叫んだが間に合わなかった。ててて……とアニメのような足音がして、アカリちゃんがリビングのドアを開けた。
「どうしたの?スナオんち、ドロボーがはいったみたい!」
第一声にかなり凹んだ。
家事万能の姉が去り、僕の家には片づけが苦手な男二人が残されている。
這って移動する僕の為に動線は一応片付けてあるが、一日に使うもの全てが身の回りに置いてあり、他人が訪問する想定なんかしてない。傍目にはゴミ屋敷一歩手前だろう。
奏は自分の部屋だけは綺麗にしている。
「『スナオさん』」
チギラさんはアカリちゃんをたしなめるように言い直した。
「スナオさんはケガしてて大変なんだよ」
「ほんとうだ!スナオ、どうしたの?」
アカリちゃんは僕のギプスを見て一応心配してくれた……どうして二人とも、フットワークの軽い奏がいる時間にきてくれないんだよう。
「勝手にあがってきてすみません。でも、無事でよかった」
チギラさんはこの惨状に動揺する素振りは見せず、心底ほっとしたようにそう言った……孤独死を心配されてたのか。
「生きてるに決まってるでしょう。奏もいるし」
僕は呆れてそう言い返した。チギラさんは何がおかしいのか声をたてて笑った。
「それもそうだよね……ああ、安心した。退院したとは聞いていたんだけど、電話も全然繋がらないし、メッセージも既読にならないしで」
電話……あっ。
スマホは実家からの鬼電を恐れて、自室に放置しっぱなしだ。おそらく充電も切れている。パソコンをリビングに持ち込み、姉と奏のどちらかと連絡が取れれば事足りるので、すっかりその存在を忘れていた。
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