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1年目 宅飲みの朝、ケチャップソースチーズトースト(2)

 ドラマが終わって、来週の予告が流れて、1時のニュースが始まった。2人ともトーストは食べきったのだけれど、コーヒーが残っているので座っている。そろそろ、どのタイミングで帰るのか決めないといけない。 「僕、児童生徒に不適切な好意を持つ人間だと思われてます?」 「や、高校野球が好きな人が全員高校球児を性的な目で見ているわけじゃないですし、アイドルのファンとかも概ねは同じと理解しています。ただまあ、年下の人と付き合ってそうだなとは思いましたが」  年下という話なら(めぐる)もそうだ。2つ3つだけれども。大河ドラマが始まった。この俳優は知っている。草刈正雄だ。 「どうでしょう。そういう例もありますがサンプルが少なすぎてあんまり有効じゃありませんね」  とうとうコーヒーも空になってしまった。 「ごちそうさまです」 「おそまつさまです」 「俺皿洗いますね」 「おやそんな」  平皿2枚とカップ2つをまとめて流しに運ぶ。食器を洗いながら、せっかくだから適当な駅で降りてぶらついて夕飯になるものを買って帰ろうと考える。ここから先何の予定もないし、だからといってこの部屋にいる権利もない。やかんも洗いますかと聞くと、ありがとうございますと返ってきた。それでも皿洗いはすぐに終わった。ついでにトースターの中も覗いてみた。きれいなものだった。 「めぐるさん」  呼びかけられたので今橋さんを見た。今橋さんは顔をテレビに向けている。顔が青くて耳が赤い。 「このあと予定ありますか」 「何か適当な町ぶらっとして夕飯買って帰ります」 「僕もご一緒では不都合ですかね」 「いいですけど、俺よれよれスーツですけど」 「それは別に。何ならワイシャツはお貸しできますが。あまり尖ったTシャツはありませんが」 「や、お気遣いなく」  今橋さんはクローゼットの前に立ち、パジャマを上下とも脱いでから、今日着るものを選び始めた。巡は部屋に戻って、アイラブコペンハーゲンの上からワイシャツを着た。夜のにおいがする。風呂に入りたい気がする。どこかにちょうどいい銭湯がないだろうか。 「僕もオフなもので、1人でいるよりめぐるさんがいる方がうれしいなと考えた次第で」 「はあ、それはありがたいんですけども、でも俺今橋さんのことありだと思ってるので、ちょっといまどきっとしちゃったんですけども」  今橋さんはジーンズに右脚を差し入れているところだった。手を止めて、巡の方をちらと見てから、右の膝までジーンズに入れた。 「ありというのはありという」 「はい」 「僕と同じありですかね」 「それはちょっと待ってください」  巡は脱ぎかけていたジャージを穿いた。今橋さんは片脚にジーンズを引っ掛けたままだ。穿いてくださいと巡は言った。なんの計画もなく話し始めてしまったけれど、少なくともパンツを出した状態でする話ではない気がした。今橋さんはジーンズを穿いた。 「俺のありはつまり、お付き合いできるというか、お付き合いできたらいいなというか、そういうラインのやつですが」 「はーぁ。おんなじありですねえ」  今橋さんはクローゼットに寄りかかって黙ってしまった。目は大河ドラマを見ている。巡は座布団に腰を下ろした。そのまましばらく2人でテレビを見た。大河とつくのでかなり長いものを想像していたのだけれど、すぐに終わってしまった。  死ぬまでそのままいるわけにもいかないので、巡は立ち上がって言った。 「まあじゃあ、とりあえず出かけます?」  今橋さんは巡を見た。目の色が濃いのも好みだなと巡は思った。虹彩が暗い目は、底が深そうに見える。 「そうですね」 「どっか面白いとこあります?」 「4つ隣の駅前通がなかなかアツいです」 「じゃあそこにしましょう。上も着てください」  今橋さんはクローゼットに首から先を突っ込んで、ねえ巡さんと言った。 「僕、交際ありきでマッチングした人としか交際したことないんですよね。お互いそうってわかってない状態でお友だちになって、親しくなってお付き合いしてってやったことないんです」 「あー、俺もそうかも」  教育実習の先生、部活の後輩、塾の同級生、バイトの同僚、会社に出入りの自動販売機清掃の人、順番に顔を思い出す。誰とも、お互いに恋愛を検討する段階には入らなかった。その可能性がありますと伝えることもできなかった。  今橋さんは寝ぼけた色の長袖シャツを着た。暑そうだなと巡は思った。今橋さんの顔は涼しそうで、耳だけが火照っている。 「だからちょっといまどきどきしてますが、取り急ぎ出かけてみましょう」 「そうですね、現時点ではその段階ってことで、しばらくなりゆき任せということで」  今橋さんはいつもどおり、イヤホンをつけたスマートフォンを胸ポケットに、財布をズボンの右ポケットに入れた。巡は鞄の中を見て、忘れ物がないことを確認した。二三忘れていくほうが次にここにくる口実になるのではと一瞬考えたけれど、さらりとやってのける自信がなかった。  今橋さんの背中について部屋を出る。好きな人をこの段階で銭湯に誘っていいものなのか、まだ判断が定まらない。

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