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千鳥ヶ淵を見たか
◇◇
風車のように季節は巡り、透夜はこの春に17の歳を迎えた。
弓の腕はゆうに師範を超え、天下無双の弓取りとして領国内外に名を馳せる剛 の者へと変貌を遂げていた。
近隣領地ではいまだ小競り合いが続いている。弱小同士の村と村とが結託し、獅子模様の幟 を立ててあい争う。
しかしそのどれもが小規模であり、一過性のものに過ぎなかった。
戦らしい戦は暁の初陣いらい一度もない。
主家にも家臣らにも、どこかに油断があったのだろう。
千鳥ヶ淵の山窪からにわかに現れた新勢力が、山のゴロツキどもを集めて羽山領を襲撃したとの知らせが入ったのは、領国の守りに徹する暁の大叔父の館が落とされた後だった。
暁の父は既になく、羽山城の城主を勤めるのは暁の五つ年上の兄春市 である。
「これより我ら、敵陣へ参る!」
春市の軍は急ぎ馬をそろえ、領国の堺へと出立。その兄に城の守りを命じられた暁は、透夜を側近に従え城に陣を張った。
透夜は戦装束として、襟と裾のみ灰色に染め抜いた白い小袖と袴を合わせ、膝下まである黒く艶やかな南蛮靴に袴の裾を差し込んだ。
その上に羽山伝統の黒漆塗りの鎧兜を身につけた。
対して暁は、武勇を示す朱の直垂に透夜と同じ靴を合わせ、鎧兜を着込んだ上に、家紋である羽山四つ羽根紋を織り込む陣羽織を纏った。
春市が出立する直前、透夜はその口から直接の言葉をたまわってもいる。
『本来ならば、そなたをこそ連れて行きたい戦である。しかしそなたはどうにも暁にしか懐かぬと聞く。……はは、そう怖い顔をするな、責めているのではない。むしろ頼もしいと申しておるのだ。そなたの強弓 があれば、あれもたいそう心強かろう。早くに父を亡くした哀れな子だ。弟を宜しく頼むぞ、透夜』
下賤の出である己には勿体ないほどの言葉であった。
昼を過ぎ申の刻が近付いても、城の周りは水を打ったような静けさが続いている。少し静かすぎるくらいだ。
透夜は暁の傍らに立ち、天守閣から外を望 んだ。
兄の身を案じているのか暁はじっと黙り込んでいる。透夜は自ら声をかけた。
「春市様の兵はみな強者 ぞろいだ。んな顔しなくても、必ず勝って帰るって」
「……」
春市は覇気と胆力に溢れた武将だ。だがなに分にもまだ若く、将を執るには不足ありと評する老巧もいる。
「あき?」
「……兄さまは、こたびの戦を千鳥ヶ淵の者どもだけの企みであるとお考えのようだ。でも、本当にそうだろうか」
「あき、何を言って……?」
「ねえ、透夜」
「うん?」
「もしも透夜が、この城を本気で落としたいって思ったら、どうする?」
「え、──」
この城を本気で落としたいと思ったら、どうする……?
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