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暁月夜①

◇◇  空気がひんやりと冷たかった。  首元はスースーと薄ら寒い。 「……と、……」  もっと暖かくしてよ。そう恨み言を言おうとしたが声にならず、視界だけがふいに開けた。 「……透夜!!」  朝日が昇る少し手前の狭霧のような光が差し込んでいた。  目だけで探れば、座敷の向こうには消えそうな月と、真上には鼻のあたりを赤く染めた暁が見えた。 「透夜、透夜ぁっ!」  なぜだろう、暁が泣いている。ポカンとしてそれを見つめた。 「……なに泣いてんの」  犬にでも噛まれたの。 「何って、だってっ、良かった……も、三日も眠りっぱなしなんだもん、ダメかと思ったぁー!」 「……あ、あ─……」  言われてみてからようやく事の顛末を思い出してきた。もう三日も経つのか。というより、一年も昔の出来事のような気さえした。 「そうだ……戦はどうなった、ぁ、イッ!!」  少し動くと全身が痛い。特に脇腹は、火かき棒が丸ごと突き刺さっているかのようだ。 「だめ、じっとして! 縫った傷口が開いちゃう」 「……うぐっ」  縫った傷口が開いちゃう。縫った傷口が。  言葉だけで生々し過ぎて無理だった。  透夜は実は、生来さほど剛気な方ではない。いやどちらかといえばビビリだ。  普段は懸命に隠しているが、たぶん暁にはばれいるだろう。  傷口がパックリだとか、もう本当に無理だ。勘弁してほしい。   「ちょ……自分のことでしょうがあ、透夜の弱虫」  やっぱりばれていた。 「戦はね、もちろん勝ったよ。兄さまの軍が雑兵なんかに負けるわけがないでしょ?」 「……そうか、そうだよな。良かった──。あきは、痛いところ、無いのか」 「そんなのあるに決まってんじゃん!」 「あは、そうだよ、な……」  透夜はそっと腕を伸ばすと、涙で濡れた暁の頬に触れた。  その手をきゅっとつかまれた。 「にしてもさぁ、透夜。僕になんか、言わなきゃならない事あるよねぇ……?」 「え」  ぎくりとした。隠し事はと聞かれたら、正直思い当たるフシは複数あって絞り切れない。  中でも特にまずそうな案件を口にしてみた。 「あ、あー、あれな? 一年前まで奉公してた伊助のやつ。いやさぁ、里下りする前にどうしても形見が欲しいっつうから、その仕方なく……、つっても口づけだけだぞ? 一回プチュっと、それだけ」 「……ヘェ、そう。そんなことが……」  暁の拳がわなわなと震えている。これはこれで危険な告白だったようだが、暁の本意ではないようだ。 「あっ違う? え〜とえ〜と、じゃああいつか?」  かくして、思い出せる限りの痴話を洗いざらい吐き出した。終わりに暁がさめざめと泣いた。

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