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天下無双の弓取り

「……ぁ、ぇはっ、コホコホッ、ゴホゴホ、う、……ま、……えを」  前を向いていろ、あき。 「ぐっ、うぇっ、……ハッ……はぁっ……っち、見んなっ、あきっ!! 前……、前を……、ぐっ!」  容赦なく迫る敵にでたらめに剣を振り回す。 「透夜ぁっ!」 「ばか、こっち……くんなっ、俺はっ、ぅ、ぁっ、……ぐ……俺は大丈夫だか、」  ドッ、と脇腹に熱い重みを感じて、そこに目をやった。 「あ、……ィっ、……!」  脇腹には、錆びた鎌の刃がぐっさりと突き刺さっていた。 「透夜……」  見るな。 「透夜アァッ!!」  見るな、あき。 「……は……っはあ……き……、見る……」  目の前がジグザグに歪んでいく。よろめいた瞬間に敵の飛矢が額をかすめ、ややあって右の視界がどろりと赤透明に染められた。裂傷からあふれた血潮が眼球に侵入したのだろう。  動揺した暁の太刀筋が乱れ、みぞおちに敵の蹴りを喰らうのが見えた。 「やめ……」    これでは暁を助けるどころか、足手まといではないか。 「や……め……──」  次に味わったのは土の味。  己がいつ倒れたのかも分からなかった。 「……っ、ヒュー……はっ、…ヒュー……」  妙に規則的になっていく呼吸。痛みという感覚がなくなりかけている。  死ぬのか、今度こそ。  否、命よりもなお。 「……ヒュー、…はっ、……」  巨漢の敵が、暁を弄ぶように何度も殴打する姿が映った。  立ち上がりたくとも四肢に力が入らない。  ただ涙だけが無益に流れた。    ……はは、そう怖い顔をするな。……そなたの強弓があれば、あれもたいそう心強かろう……  弟を宜しく頼むぞ、透夜。 「春市さま……」  かつてこの身を助けるために、初めて修羅に手を染めた暁。  あの夜営の日、震える暁の手を掌に包み己の神に誓ったのに。  首をつかまれた暁が宙吊りにされるさまが視界の端に映り込んだ。 「……あ……」  絶対に守り抜くと誓った。  他の者には指一本、触れさせないと。 「……き……」  指一本、触れさせないと。 「は、はぁ、……はっ!」  終われない、このままでは。  俺が引きずり込んだ修羅の道だ。  ひとりきりでなど逝かせるものか。  ざり、と地を舐めた透夜の指先が背中の矢筒に届いた。  臥したまま矢を引き抜き、形のひしゃげた弓を構える。がくがくと震える両手両腕を叱咤し、矢をつがえた。  気を張らなければすぐにも意識を失いそうだ。血泡を吐きながらそれに耐えた。  狙いは一点、暁を宙吊りにする巨漢の首。  ──俺の命に触れたこと、地獄で後悔させてやる。  怨嗟に燃える鬼の眼をしかと開き、ギッと奥歯を噛み締めると同時に、透夜はその一矢を放った。  カァン──……。  美しい弦音(つるね)をあげて託された矢は、巨漢の喉仏をぶつと貫く。 「あ!……あ、あ"がっ……あ"……」  立ったまま白目を剥いた巨漢の手が緩み、暁がどさりと地に落ちた。  巨漢は喉に受けた矢をブラブラと揺らしながら、一歩、二歩、歩いてやがて、人波に倒れ込んだ。 「……わかっ、若ッ!! こんなところにおられたか、しっかりなされよ、援軍が、兄上の軍が戻りましたぞ!」  手負いの左源が地にしゃがみ込み、暁を抱き起すのがかすかに見えた。  ──左源、それ、ホントだろうなぁ。もし嘘だったら、殺すぞ……?  に、と口の端で僅かに笑むと、透夜はやっと意識を手放すことに決めた──。

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