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第1章 0.01ミリメートルの防御壁2

「ゲイ? マジかよ、キッモー! おまえ、お父さんをそういう目で見るなよー? 逆レイプの被害者も、レイプの加害者になるのも、やめてくれよ。おまえが少年院行きになったら、俺が(れい)()ちゃんに怒られるんだ。勘弁してくれよ!」  じつの息子がゲイであることを馬鹿にし、嘲笑う歳の若い父親。 「そうですか、では代理母出産を海外で行う必要がありますね。恋人やパートナーができたら、相手の方に海外へ行くことは可能か確認を取ってくださいね。私の経歴に傷をつけないよう慎重に行動してください。もちろん(たく)()さんのお仕事の邪魔になることは控えてくださいね」  自分のキャリアを積み上げることと夫の仕事にしか興味のない母親。  愛がどういうものかなんて知らない。両親から教えを乞えるわけがない。  恋人なんてもってのほかだ。  だって恋人なんて、一度もできたことがないんだから。  好きな人ならいる。だけど彼はノンケだ。  遠回しに思いを告げたことがある。事故とはいえ身体を重ねたことも。  でも――ぼくと彼が思いを通い合わせることはなかった。  男と身体を重ねて欲を発散する回数が増えていく。  顔と仮の名前しか知らない相手とヤる。その間も頭の中で考えているのは、思っているのは彼だけ。  彼のものになり、愛され、甘い言葉を掛けられる。  バース性がオメガへ変わらない限り、永遠に訪れない未来を夢想する。    男が僕の隣で横になる。  熱を放出して冷静になってきた頭で、目の前の人間のことを観察する。左手の薬指を見て、これはハズレもハズレだなと内心ため息をつく。 「気持ちよかったよ、最高。(あき)くんはどう?」 「……気持ちよかったよ」  腕枕をしてこようとする男の腕を避け、身を起こす。床に落ちている下着を手に取り、足を通す。  一度ヤッただけで何を勘違いしたのか、男が甘ったるい声を出して後ろから抱きついてくる。わずらわしいことこの上ない。 「よかった。あのさ、オレら身体の相性がいいと思うんだよね。だからさ――」 「だから何? 『次』とかめんどくさいから、やめてよね」  男の腕から逃れる。白い薄手のニットを頭から被る。黒のスラックスとグレーの靴下を穿き、茶色のローファーに足を入れる。 「オレ、自分で言うのもなんだけど、」 「あのさ、左手の薬指だけ若干細くなってるよ。指輪をしている人の特徴。あなた、既婚者じゃない?」  男がピシリと石のように固まった。 「いやいや、オレ、最近離婚したんだって! それで薬指だけ、少し細くなってるんだよ!」と言い訳をつのる男の顔色は悪い。  この焦り具合からいって離婚は十中八九嘘だろう。  女に「泥棒猫!」なんて罵られて興奮する人間じゃない。  目の前の男の恋人だか、結婚相手だか、番だかが登場して修羅場・泥沼なんて最低最悪な展開は避けたい。これ以上、めんどうごとには巻き込まれたくないから。  やっぱりアルファの男って、めんどくさいな。 「べつにどうでもいいよ。どっちにしろ、あなたとはこれで終わり。もう二度と会うことはないから」  財布から千円札を六枚取り出してベッド脇のデスクにホテルの代金を満額で置く。 「は?」 「一回ヤッたんだから次はないってこと。ありがとうございました、感謝しております。それじゃあね」  ヤることはヤッた。さっさと家に帰ってゲームでもしよう。  あっ、明日から期間限定イベントだ。  スマホを手に取り、画面に目を落とす。   ――23:10。これなら周回してデイリーの報酬を獲得する余裕がある。  人気キャラのSSRカードは今季限定だっていうし、ガチャ引いとこ。明日は土曜日。みんな徹夜してレイド戦やるって言ってたから気合入れないと。  スマホをカバンの中に仕舞う。出入り口のドアに向かって歩く。 「ちょっと待ってよ!」  男に手首を摑まれる。  うわ、まだ何かあるのかよってウンザリする。 「なんですか?」 「ヤッてそれでポイなんて、あんまりじゃない!?」 「それが目的でここまで来たんじでしょ? 一回でオッケーっていう話だったじゃないですか」 「けどさ、普通はもっと楽しまない? バーでも話が盛り上がったじゃん!」 「そうですね、就活の際に役立ちそうなお話や有益な情報を聞けて、とても勉強になりました。……追加で五千円、お支払いしますね」  カバンから財布を取り出そうとすれば、男に止められる。  男がひどく疲れた顔をしているのに、笑う。  だって前回、掲示板を経由して会ったアルファの男は「五万寄こせ」って、ぼくを脅して最後には殴りかかろうとしてきたから。 「待ってよ。何、オレ、秋くんに買われたわけ?」 「そうですね、あなたの貴重な時間を買わせていただきました」  男は口元をひくつかせた。手首から両肩へと置かれた手に力がこもる。 「何それ。オレはきみと仲良くなりたいって思ったから誘ったんだよ?」 「だから寝たんです。こういうのを“一夜のアバンチュール”って言うんでしたっけ? まっ、いいや。もうセックスは終わりました。先ほども『気持ちよかった』と言っていましたよね。目的は達成したはずです」

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