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第7章 「普通の恋愛」ができない男

 *  結局、あの後「ガニュメデス」に登録した。  といっても普通のSNSのようにメールや電話番号で登録、即・スタートというわけにもいかず本人確認と、年齢確認が必須だった。  プロフィールも詳細に登録しなきゃで時間も、労力もかかってしまった。  登録し終わった後は、とにかく条件を設定して相手探しだ。そこで自分に合いそうな相手を見つけたらマッチングの申し込み。逆もしかり。メッセージのやりとりを経て、気が合いそうだと思ったらデートの約束。そして健全なデートを三回(人によっては二回目からセックスの相性も確認するみたいだけど)くらいして、正式にお付き合いがスタート。マッチングアプリを卒業して、そこからは結婚相談所に相談したり、アドバイスをもらう。そして――アルファとオメガなら番契約や結婚、それ以外の組み合わせはパートナー制度の利用や海外で挙式をして、ゴールだ。  でも、ぼくはスタートラインにも立てない。  名前を間違えられたり、コミュニケーションの成り立たない人や金銭をせびってくる人とのメッセージのやりとりで、ゲンナリする。  たとえメッセージのやりとりが上手くいってデートにありつけても、プロフィールを詐称した勧誘と営業の回し者の話を訊くだけ。初回のデートでホテルに誘われたり、ソウジたちのグループのようなヤバい犯罪者グループに遭遇しないからマシだけど、だとしてもひどい。  ネットで口コミを確認したら、どこのマッチングアプリにも一部そういう人間が少なからずいるようで……。  ここ最近、踏んだり蹴ったりなぼくには、追い打ちをかけられているようなもの。いよいよ人間不信になりそうだ。  エリナたちの役に立つのか、役に立たないのかよくわからない言葉のおかげで、ギリギリ自我を保っていられる。しかしながら限界スレスレであることも、事実。  ちなみに航大との仲は続いていて、大学のキャンパス内では普通に接していた。  でも航大の友だちから「喧嘩をしたの?」とか「何かトラブった?」と心配されてしまった。  テスト期間中も就活中である先輩たちから心配される始末だ。「ゲームに支障を来すから」と航大と仲直りするよう言われ、気を遣わせてしまった。  中学以来の親友でニコイチだった人間が、急に一緒じゃいなくなったら、だれだって不思議に思う。何かあったのかと疑問に思うのも当然だ。  雨の中、航大がぼくのアパートを訪れてからは大学やアパートの近くにある図書館や、カフェ、ハンバーガ―ショップで勉強をしたり、ゲームをして時間をつぶすようになった。一緒にレイド戦に参加した日を最後に、お互いの家へ行き来することもなければ、泊まることもない。  航大の誘いを断ったり、かわすたびに申し訳ない気持ちになる。でも誘いに乗ってしまえば、元の|木《もく》|阿《あ》|弥《み》――いや、もっと状況が悪化し、ぼくの体調不良もぶり返すだけだとわかっている。  そんなこんなで、大学で交流のある人間に、話をごまかしたり、濁したりするのが大変だった。  話は変わるけど弁護士に依頼してから芝谷さんの嫌がらせは、ピタリとやんだ。朝晩問わずに鬼電されたり、大量のメールやSNSメッセージを送られなくなった。それだけで、少しだけ肩の荷が下りた。  ただ航大の友だちから、航大が芝谷さんと別れた後も揉めていたり、LIMEでやりとりをしていることを風の噂で聞いて――胸がズキリと痛くなった。  そんな状態だから夏休みだというのに、楽しいことは何ひとつない。公認会計士の勉強をして、アルバイトをして、マッチングアプリのメッセージのやりとり、そして胃がキリキリしてきそうなデートともいえない会合の繰り返しだ。 「やっぱり、ぼくには普通の恋愛なんか無理だ」とオリンポスで落ち込んでいれば、マスターとバーテンに「そんなのあたり前だろ!」とツッコミを入れられた。ふたりから、あれこれガミガミと怒鳴られ、反論すればバーテンに小突かれる。 「オメガやアルファじゃないんだから運命の出会いも、シンデレラストーリーもないに決まっているでしょ! 中には年齢=恋人いない歴で三十、四十超えてパートナーと出会える人もいるのよ。いい人と出会えるまで、多少は時間がかかるものなの!」 「何それ? めんどくさっ。だったら、一生ひとりでいいよ。退会してほかの方法でもさがすから……」 「なんだよ。案外、根性ないんだな。耐え症のないやつ」とわかりやすくバーテンに煽られる。  ネットで調べたら、アメリカの三十以下の五人にひとりがマッチングアプリを使用しているのだ。日本でも二十代は約ふたりにひとりは使用していたり、利用経験がある。  どうせ嘘のデータだろうと高を括っていれば……バーテンも、オリンポスに来る常連客も、大学の先輩もマッチングアプリ経由でパートナーや恋人を見つけたと話を聞いた。  人は、それぞれ違う。得意不得意がある。  だけど、世界規模で大多数の人がやっていることをできなくて馬鹿にされるのを、ぼくはそのままにしない。そんなのは、ぼくのプライドが許さないのだ。何より奇妙奇天烈な人間と遭遇したできごとをバーテンに「メッセージのところでヤバいやつだって気づかなかったのかよ!」と笑われるのが、おもしろくない。  そうはいっても八方ふさがりで、どうしたらいいのかわからない。  バーガーショップのテリヤキソースの甘じょっぱいハンバーガーを頬張りながら、スマホを睨みつける。書籍、ネットの記事、|YohTube《ヨーチューブ》を見てインプットして、実践しているのに成果が一向に出ない。  難攻不落の城でも相手にするみたいで、すっごくイライラする。  野菜ジュースを飲みながらストローを嚙じる。  するとガニュメデスの定期メルマガの通知がタイミングよく届く。あまりにも相手と出会えないから最近は、ガニュメデスと提携している結婚相談所のメルマガの記事にすら目を通すようになってしまったのだ。タップして、今回はどんな内容だろうと読めば――。 「……ん、これって?」

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