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第7章 あなただけのストーリー2
「えっと……知人にこちらのパンフレットを渡されて、勧められたんです」
「なるほど。村山様のバース性はベータでしたね。では家族や兄弟といえるような親しい友人となれる方をお求めですか? それとも、パートナーとなるかどうか置いておいて交際のできる方をお求めという形でしょうか」
「えっ? あの……恋愛関係になることを前提としなくていいんですか?」
結婚相談所っていうんだから、みんな番や結婚相手、パートナーとなる相手を見つけたいと最初から考えている人ばかりが来ると思っていたから。
「もちろんでございます。昨今は友情婚という形で結婚するカップルのお客様もいますから」
「友だち……」
有島さんの言葉を耳にして、ぼくの頭には航大の姿が思い浮かんだ。
「はい、家族や兄弟、友だち、仕事場の仲間として人を愛せるけど恋愛感情を抱かない・恋愛感情を抱いても性的欲求を抱かないという方々がいます。『人を恋愛対象に見れない』『性的な問題で恋人はできても、すぐに別れてしまう』というお客様に、一番そばにいたいと思える価値観や性格の合う親友や同志となれる方々の出会いを提供しています。また『とりあえず会ってみる』というラフなスタイルも歓迎しております」
「なぜですか? あなたたちは人と人が番や結婚することで、お給料をもらうのでしょう。それじゃ、あまりに割に合わないんじゃないですか?」
「そうでうね。ですがアルファとオメガが番になったり、結婚、パートナーとなるということは人生の一大イベントにもなりえます。お客様のライフスタイルが変わるのですから。ですが番や結婚、パートナーを見つけることだけが目的となり、気持ちが急 いては、本当にご縁がある方との出会いを逃し、ミスマッチが生じるおそれも大きくなります。何よりお客様が『婚活疲れ』を起こしてしまいます。『婚活疲れ』に陥り、本来出会えたはずの大切な方とのご縁が結ばれる機会がなくなってしまっては、悲しいことです。村山様もガニュメデスで『マッチングアプリ疲れ』を起こしている、または起こしかけている状態なのではございませんか? 登録してからまだ二ヵ月しか経っていませんが、デートをされている方がいますね。しかし二回目というお話はありません」
有島さんの言葉にぼくは、なんと返答していいかわからなくなる。すると有島さんが口元にふっと爽やかな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、思ったことは正直に言ってください。マッチングアプリ疲れ・婚活疲れを起こされる方は多いです。弊社の代表である松 岡 は、その疲れに着眼してマッチングアプリと結婚相談所の併用を思いついたくらいですから。――話が脱線しました。村山様はパートナーとなる方をこちらでさがしたいのですよね」
「その……」
「もちろん、話しにくいことは無理に答えなくて大丈夫です。しかしながら、もしも――気になることや、不安なこと、胸のつかえとなっていることが少しでもあるのなら、どうかお話ください。もちろん今日が初回ですから、わたしという人間が村山様のお相手を見つけられるのか、AIが出したからといって本当に適した相談員か、信用に値する人間かと疑問に思うこともあるでしょう。ゆっくり見つけていきましょう」
――時間は限られている。やらなきゃいけないことは山のようにあって、日々目まぐるしく世の中は変化する。その変化に適応できるように対応を変えていくことを否応なく迫られる。
何より人間には寿命がある。代わり映えのない毎日といいながら、実際にはは未来は不明瞭でわからない。
人を食い物にする化け物のような人間もいて、本当に世の中がよくなっているのか、悪くなっているのかわからない。
ただ閉塞感があって、息苦しい。
両親はぼく個人よりも、ぼくが自分たちのようなエリートになることばかりを求める。そんな教育を受けてきたから小学校まで友だちだっていなかった。でも――。
「……大切な友だちがいたんです」
「友だち、ですか」
「そうです。たったひとりの親友でした。中学のときに出会って、いじめられているところを助けてくれたんです。まるで本当の家族や兄弟みたいで……いつの間にか彼のいない世界を考えられないくらいに、一番、そばにいてくれたんです」
「すてきですね。その方と恋愛関係には?」
ぼくは首を横に振った。
「なれませんでした。彼が異性愛者のアルファだから。何より、はっきりと思いを告げて彼に嫌われることが怖かったから。だからネットで出会った人に恋人のフリをしてもらったこともあります」
「恋人になったのではなく、フリですか?」
「そうです。親友である彼のことをずっと思っていました。彼にゲイであることを怪しまれないようにしたかったんです。だから恋人関係になれる人は、いなかったです。今年、完璧に失恋しました。それでヤケになって、好きでもない人とホテルに行くようなこともいっぱいして。自分や人を傷つけるようなこともして……最後には家族にもあきられて、絶縁状態のようになってしまいました」
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