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第7章 あなただけのストーリー3
なんだ。オリンポスのメンバーじゃない人にも、自分に起きたことを淡々と喋れるじゃないか。
ぼくは傷ついているわけじゃない。航大や芝谷さんとのこと、ソウジにされたこと、両親の反応――全部大したことじゃなかった。冷めた心で、自分自身に毒づく。
「知人たちから『新しい恋をしろ』と言われて、親友への恋心を完全になくしたいという不純な気持ちがあって、ガニュメデスに登録しました。だけど、そういうことを腹の中で考えているからか、なかなか自分と合う人には出会えません」
「村山様……」
「すみません、くだらない話をしました。時間の無駄ですね。ですから有島さんにアドバイスをしていただきたいです。『普通の恋愛』をしたことが一度もないぼくにも恋人ができるようにするには、どうしたらいいのかを」
てっきりゲンナリした顔をしているか、苛立ちをにじませた表情をしていると思った有島さんは、予想外にも穏やかな笑みを浮かべていた。
「くだらなくなんかありませんよ。貴重なお話をしてくださり、ありがとうございます」と有島さんは頭を下げた。その反応にぼくは、わずかながら戸惑った。
「なんで、あなたがお礼を言うんですか? それに、どうしてくだらなくないなんて言うんです? だってアルファはベータと恋人やパートナーになることは少ない。ごく、まれなことです。彼らは同じアルファ同士で結婚してアルファの子孫を残すことを優先したり、自然と惹かれ合うオメガと番になるのが一般的です」
「たしかに、ごくまれなことですね。私もこのような業界に身を置いて二十年以上経ちますが、アルファの方とベータの方がお付き合いをするというお話事態、めったに聞きません。それに私は村山様とお会いするのは今日が初めてです」
彼女はじっとぼくの目を見つめる。吸い込まれそうな茶色い瞳がまっすぐ、こちらを見ている。それは、まるで透き通った水面や、一点の曇りもない鏡を連想させた。思わず目線を机の上へとやる。
「村山様がガニュメデスに登録した情報と今、私の眼前にいるあなたの容姿や雰囲気、仕草、話し方や話す内容でしか、どんな人間なのかを知る情報はありません。しかし、その決して多いとはいえない情報からも、村山様がそのお友だちを一途に愛されたこと、失恋をして傷つき悲しまれたこと、その傷を抱えながらも自分のため、お友だちのために真剣に交際できるお相手をさがしていることはわかります」
「だとしたら、ぼくはここに来るべき人間じゃないんでしょうか? だって、ぼくは、まだ彼を――」
「会員様の中でも過去の恋愛を忘れられずにいる方はいらっしゃいます。天ヶ原ではいませんが……自分の過去の恋人や想い人の面影を追いかけ、まったくの別人にどこまでも同じであることを求める方もいます。顔やスタイル、性格、価値観、好きなもの、嫌いなもの、声や仕草、すべてが一致する人物を求める方もいらっしゃいます」
有島さんの話に眉をひそめる。
「なんですか、それ? たしかに自分と似た顔の人間は三人いるといいますが、そんなの無理です。不可能だ。ただ……好きだった人を忘れられなくて、本人が隣りにいないからって、代わりを求めてるだけじゃないですか。そんなの相手に失礼だと思います」
しかし有島さんは「そうですね」とは頷かず、一瞬切なげな表情を浮かべて、寂しそうに微笑んだ。
「だとしても求めずにはいられない。心に、脳裏に焼き付いて離れない――忘れたくても忘れられない。何年も、年十年も忘れられず、その人がいた幸福を、瞬間を求めてしまうのです。そういう方もいらっしゃるんです。そして、それをもう一度再現しようと相談しに来られる方もいます」
その言葉を聞いてぼくはどうだろう? と自問自答した。
航大が好きだ。その気持ちは本物だ。出会ってからずっと好きだった。
だから航大に乱暴に抱かれて、芝谷さんへの行き場のない気持ちの憂さ晴らしに使われた。その事実を悲しく思った、親友だったのにという怒りや大切にしてくれたのは嘘だったのかと裏切られたと思う気持ち。やっぱり航大もぼくの敵だった連中と同じなんじゃないかという落胆、今まで一緒にいた時間をすべて無にされたような……アプローチしたのを無視されて、利用されたようで悔しかった。
だけど彼をこのまま何年も、何十年も思い続けることなんてぼくにはできない。そんなのは、たえられない。頭がおかしくなってしまう。心が壊れてしまう。
芝谷さんだろうが、ほかのオメガやアルファといった女と結婚する日が遅かれ早かれ、いつかやって来る。そのとき、平然と嘘の笑顔を貼り付けて式になんか参列できない。違う、今だって航大とギクシャクしている。
顔を見れば泣いてしまいたくなる。
それが苦しくて、つらくて、痛くて。どうにかしたかったんだ。
「村山様は己の行いを悔いて、お友だちに失恋したつらい現実を受け止めようとしていらっしゃいます。お友だちである方を大切に思われていたのですね。村山様にとって、家族や兄弟のように、かけがえのない存在だったのではないでしょうか? それこそ、村山様にとって本当のご家族よりも信頼できる――唯一無二の人だったのではありませんか」
――両親は、ぼくが学校でいい成績を取ることしか、先生から気に入られることにしか興味がなかった。
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