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第7章 あなただけのストーリー4
友だちができなくて仲間はずれにされたり、意地悪やいじめられたことを打ち明けても意味がない。むしろ、いじめられていることを罵倒される。悲しんだり、泣いたら家から放り出された。
友だちなど、この世に存在しない。そんなものはまやかしだ、生きてく上で必要ない、不要なものだと教えられてきた。他人は倒す敵であり、引きずり下ろすべきものとして叩き込まれた。
そんな状態で人と上手く交流できるわけがない。
孤独だった。
そんなぼくの意識を、世界を変えてくれたのが航大だった。利害関係も、打算もなしにそばにいてくれた。ひとりじゃないと教えてくれた。大切な存在だったんだ。
「彼の隣にいるときは少しだけ、息がしやすかったんです。窮屈に感じる家と疎外感を味わう学校。居場所なんて、どこにもありませんでした。『他人は敵』。そのように両親に教えられてきました。それに……人とうまくコミュニケーションがとれないぼくにとっても自分を傷つけ、陥れるおそろしい存在でした。そんなぼくに見返りもなく味方してくれる人だったんです。いつも全力でぶつかってきてくれて、なんだかんだ言いながらも助けてれくれる。根っからのお人好しなんですよ。出会って最初の頃は、生意気にも『こんな馬鹿なやつ話したくない』とか思ってました。『話しかけないで』って突き放したことも、何十回……ううん、何百回あったことかわかりません。
でも、長く一緒にいるうちに……ささくれて冷たくなっていた心が、少しずつ癒されていくのを感じたんです。『ウザイ』とか言いながら、彼に話しかけてもらえるのを、そばに来てくれるのを待っている自分がいることに気づいたんです。そこからはもう坂を転がるように、恋に落ちました。彼のことを知りたい、もっと喋りたい、仲よくなりたいって思うようになったんです。だけど、それで終わらなかった。彼がぼくのことを親友だと言ってくれたとき、オメガの異性が恋愛対象であことを知ったとき、正直絶望しました。彼のそばにずっといたい、触れたい、一番になりたいと思っていたから……そうして彼には番となり、結婚したいと強く望むオメガの女性 が現れたんです。完敗ですよ」
「だからあなたは、自分が失恋した事実を受け入れ、こうやって新しい恋を見つけようとしているじゃないですか。マッチングアプリに登録して、見知らぬ人とメッセージのやりとりをして、会おうとした。わざわざお都内の結婚相談所まで来て、私の前にいるではありませんか」
「どうでしょう? ぼくだって有島さんが言った人たちのように、彼の代わりになる人を……身代わりとなる人間をさがしているんだと思います」
「私はそうだとは思いません」と有島さんはキッパリと断った。「あなたがお友だちである彼と、どうしてトラブルになってしまったのか、何があったのかは私にはわからないです。村山様も、その内容を口にするのを避けているような印象を受けます」
すると有島さんは机の片隅に置いてあった書類の中からA4用紙を一枚取り、机の真ん中に置いた。
「しかし村山様がメッセージをやりとりした人物についてなら、相談員である私にもわかります。あなたは、年齢も、出身も、趣味も異なる人物とメッセージのやりとりをし、会いに行っています。まるで目についた相手にメッセージを送っているような感じですね。一貫性がありません。村山様がデートをなさったお相手の顔写真も確認させていただきました。客観的に見てお相手となった方の顔立ちや髪型、雰囲気などに共通点は見られませんでした。あなたはお友だちに似た人を身代わりにしようとしたんじゃない。失恋の痛みを忘れさせてくれる相手を――彼と似た価値観をもつ人を、あなたを心から受け入れてくれる人をさがし、求めたのではないでしょうか?」
自分でも気づかなかったことを……思ってもみなかったことを出会って間もない赤の他人から言われ、虚をつかれた気分になる。
瞬間、胸がひどくざわつき始める。ぼくは気持ちを落ち着かせようと、ゆっくりまばたきを繰り返した。
目の前の相談員である有島さんの投げた言葉が、身体の奥底まで落ちていく。
そして、どこかでカチリと鍵が開くような音がした。
「お友だちの方と互いを許し合うことはできましたか?」
「……彼は、ぼくのやったことを許してくれました。むしろ彼のほうが先に謝ってくれたんです。でも、ぼくは彼の言葉を聞きたくなくて、ずっと避けていた。それなのに……今まで通りに振る舞ってくれたんです。最初は、すごく悲しかったし、悔しかった。どうして、そんなことができるの? と彼を責める気持ちもありました。彼を失ってもいい! 親友でなくなったって元の状態に戻るだけ。人といざこざがあったり、喧嘩をして嫌われるのはいつものことだから。
だけど……できなかった。たとえ失恋しても、親友としてそばにいたいって思ったんです。もう、いいやって……彼のしたことを許せば、恋人にはなれなくても、友だちではいられるから。だから……適当な男たちとも関係を結びました。全部いやになって、ぼくはすべてのことから逃げたんです。かなわない恋心をいつまでも引きずって、友だちである彼とこれ以上気まずくなりたくない。この思いに応えられない彼をいつか憎んで、今まで過ごした時間を全部無駄なことだったって思いたくない……! 彼と出会い、友だちになれた奇跡を、そばにいられたことを……自分で否定したくなかったんです」
そうしてぼくは有島さんの目を見つめた。
すると有島さんは、まるで人を包み込むようなやさしい目で、やわらかな笑みを浮かべた。
「村山様、どうか人を本気で愛した自分を、あなたの世界や意識を変えてくれたお友だちを好きになったことを――心から誇ってください」
「でも……ぼくが彼を好きでいなければ、あんなことは起きなかったのに……」
「多くの場合、親しい間柄である人間とのトラブルやいざこざは、複数の要因により起こります。問題がひとつ浮き上がったときに解決しないでいるうちに、問題が複雑に絡み合ったことにより発生してしまうのです。どちらか一方が悪いということも、あなただけが悪いということもない。どうか、これ以上、ご自分を責めないでください」
鼻の奥がツンと痛くなるのを感じながら「はい」と答えた。思ったよりも震えた声が出て、自分で驚いてしまう。
「あらためて村山様が心から安心できる方を、あなたの隣に立ち、支え合える方を見つけられるよう、全力でサポートいたします」
「至らないところばかりですが……どうぞよろしくお願いします」
ぼくは頭を深く下げ、目の前の人に心から礼を尽くした。
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