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第8章 菫3
それどころか、どうしてそんな失敗をしたのか、なじられる。そんなことを子どもの頃から何十回も、何百回も経験してきた。
有島さんのことは信頼してる。
ぼくが航大との一件でどういう精神状態だったのかを推察してもらって、マッチングアプリの使い方やメッセージの使い方、デートの仕方といったアドバイスを受けるときは、大学の授業を受けるときのように集中して聞く。難しいこともあるけど、最後にはストンと納得がいく。
だけど褒め慣れてはいない。
教師は、学業や部活の成績を褒めてくれた。でも、ぼく自身の態度やあり方を褒めてくれたことは一度だってない。彼らのよそよそしい様子や、航大を始めとした成績は悪くても人間的魅力がある子どもと接するときの態度の違いからして「扱いづらい子」と思われていたのは、ほぼ間違いないだろう。
ぼく自身を見て褒めてくれる大人は、いなかった。だから褒め言葉を掛けてもらっても、どう反応したらいいか、どのように受け止めていいかがわからない。
「そう、でしょうか」
「もちろんでございます。お相手の方もまだ二十三なんです。あなたが誠意をもって接すれば絶対にわかってくれます。たとえ失敗したとしても、大目に見てくれます。もし怒ってしまったときは、どうしてそんなことをしてしまったのかを説明して、心から謝ればいいのです。もしも、それで先方が『次は会わない』という選択肢を選んだとしても、村岡様とはご縁がない方だったと思い、反省点を踏まえた上で次の出会いをさがしましょうよ」
背中を押してもらっても、どうしようかと悩んでしまう。でも――「わかりました。どうかお願いします」とぼくは答えることにした。
「よろしいでしょうか?」と有島さんが戸惑った表情を浮かべる。「……つい熱が入ってしまい、強要するような言葉を口にしてしまいました。大変申し訳ございません」
頭を下げる彼女のつむじを見ながら「有島さんに言われたからお相手と会う――というわけではありません」ときっぱり言いきった。「謝らないでください。これは、ぼくが自分で決めたことです」
すると有島さんは顔を上げて、目をしばたたかせた。
「といいますと?」
「変な話、親友や知人とは違う世界で生きてきました。両親の言うことをロボットのように忠実に聞き続けていたら、きっと親しく話す関係にはならなかったような人たちです。もちろん相性もあるんだと思います。でも彼らと言葉を交わすうちに、お互いの人となりを知って、この人なら信頼できるかも……って少し思えるようになって親しくなれました。
ガニュメデスを使って天ヶ原へ来なければ、きっとその方のことを一生知ることもなかったと思います。何より有島さんは、ぼくという人間と向き合ってくれました。パートナーと出会い、交際していけるように考えて、誠意ある言葉を掛けてくれている。そんな有島さんが紹介する人なら、ぼくが親友との恋を忘れるために適当に選んだ人たちよりもずっと、すてきな人だと確信しているんです」
ぽかんとした表情を有島さんは浮かべた。数秒経つと口元を緩ませ、眦 を下げた。顔をほころばせて頭を軽く下げた。
「恐縮です。そのようなお言葉を村岡様から掛けていただき、コンサルタント冥利でございます。天ヶ原やガニュメデスの利用者様に誤解を与えてしまうことを考慮し、このようなことを申すのもいかがなものかと思い控えておりました。しかしながら、じつは……この方と村岡様は間違いなく相性がよく、今後長いお付き合いをされるのではないかと考えております」
「それは占いなどのスピリチュアル的なものや、AIの膨大なデータの導き出した数字による答え、でしょうか?」
「いいえ、長年人と人をつなぐ仕事に携わってきたものの“勘”でございます」
「勘……」
めずらしく有島さんがあやふやな言葉を口にしている。それでも、ぼくは目の前の相談員に不信感を募らせたり、物申そうとは思わなかった。勘が正しいものかどうかは不明でも、有島さんが多くの人たちがパートナーとなる手助けを長年してきた実績があるからだ。
そうして有島さんはぼくの相手になるかもしれない人の写真とプロフィールを提示した。
「今回ご紹介させていただく方は北野菫 様です」
北野さんの第一印象は、気難しそうな顔つきをした角刈りの三白眼の男性――だった。外仕事をしているから肌が日に焼けて、上半身をみた感じガタイもしっかりしている。
怒らせたら怖い人かも、と思いながら有島さんが見せてくれた北野さんの顔写真を眺める。
「どうでしょう。このまま、お話を進めても問題ございませんか?」
「はい、進めてください。この後は、通常通りデートへもっていくためにメッセージのやりとりをするのでしょうか?」
「村山様は、ガニュメデスだけでなく当社も併用されているので、この後の行程についてご選択できますよ」
意外な言葉に「選択?」と思わず訊き返してしまった。
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