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黒百合の章 弐節

 冷えた部屋で中也を待つ。其の温度は体感では無く二人に於ける関係性の問題だった。  中也が太宰に執着為て居た事を、中也自身依りも太宰が善く解って居た。解って居たからこそ、太宰は其れに氣附かない振りを為て居た。  繋がって居るのかも危うい細く頼りない糸を、途切れぬ様丁寧に引き伸ばし繋がりを残した間々、少しずつ、中也との距離を拡げて行った。其れは諸刃の賭けでも有り、唯でさえ稀薄な細い糸がぷつりと切れ果てて了う可能性は否定出来ない。其の時こそ訪れる真実の終焉。  物云わぬ花で居られたならば、屹度こんなにも心に大きな喪失感を抱く事は無かった。  悲しみや愛しさと云う人間らしい感情を太宰に教えた其の人物は、同時に此れ迄の太宰には持ち得なかった憎悪という感情すらも同時に知らしめた。  本来ならば人間生活をしていく上で徐々に培って行く其の感情を、突然内に芽生えさせて了った太宰は其の取り扱いに戸惑いすら覚えていた。  何時頃からだったか、太宰は其れを自覚為て了った。  自らが中也の存在無くしては生きる事すら間々ならなく為る程、中也の存在が太宰の中で大きな存在を占めて居た事を。  だからこそ中也を喪う事丈が何依りも怖く為った。然し人が人で在る限り其の心は常に自由で在る物で、仮令誰にも悟られぬ場所に中也を閉じ込める事が出来たと為ても、中也の心を永遠に閉じ込める事は出来ない。  自分丈が唯苦しくて、こんなにも毎日何時でも中也の事を考えて居るのに、中也の世界に存在して居るのが自分丈では無い事が妬ましい。  辛くて苦しくて、此の命を自ら絶とうと何度考えただろうか。然し存な事は一過性の自己満足で在る事も太宰は理解為ていた。  少しは泣いて呉れるだろうか。感傷に浸って呉れるだろうか。後を追って来て呉れるのならば僥倖では在ったが、其れは太宰の望む処では無かった。  自分の居なく為った世界で、中也が自分以外の誰かを求める事が堪えられ無い。  いっそ連れて逝く事が出来れば満足なのだろうか。永遠の愛を誓うと称して共に毒を煽っては呉れないだろうか。そうすれば誰にも邪魔をされる事無く永遠に中也を自分の物に出来るのに。  其れでも、厭がる中也に無理矢理毒を飲ませる事は為たく無い。そして中也は太宰との心中を了承しない。其れは愛が無いという訳では無く、死で永遠の愛を誓い合う事依り、生きて共に過ごす事を望むからだった。  夕闇に紛れ乍らも其の存在はまるで太陽の様に眩しく、其の明るさに何度目が眩みかけた事か。  幾億通りもの可能性を試算した。何故だか時間丈は沢山在った。  中也が起こすだろう行動、返すだろう言葉を想像して夢想して、中也の中で自分自身の存在を確固たる物へとする為に。

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