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「あの……! 皇帝様」
「ん? なんだ」
「あの……皇帝様が僕のような者の為にそのようにお心を砕いてくださることは本当に有り難く存じます。本当に……皇帝様のもとへ嫁がせていただけるのでしたら有り難くお言葉に甘えさせていただきたいとも思います。ですが、皇帝様には大切なお方がいらっしゃるはず……。ですから僕のことは……お、お妾さんとして形だけでもお側に置いていただけると幸いです。本当の奥方様には極力ご迷惑にならないよう心掛けて参りますゆえ……」
つまりこの冰は、焔 には当然心に決めた相手がいると思っているようだ。ここから助け出す為に偽とはいえ婚姻関係を結んでもらう厚意を受け入れたとしても、それ以上の迷惑は決してかけないからという意味なのだろう。
まだ十七歳と幼いながらも、そんなことにまで気を回すこの少年の心根が可愛らしく思えてか、焔 は自然と頬がゆるんでしまう高揚感が心地好くも感じられていた。
「ボウズ、俺がお前さんを妾という立場にすると思うのか?」
「あ……いえ、あの……こ、皇帝様は僕をここから救い出してくださる為に結婚という形を取ってくださるのですよね? それだけでもたいへん恐縮ですのに、その上奥方様にご迷惑をお掛けするようなことがあっては申し訳なさすぎます。ですので……その」
冰の言いたいことはよく分かるが、なにぶん上手くは言葉にならないようだ。焔 はまたしても笑みを誘われてしまった。
「お前さん、まだ十七の割にそんなことまで気を回すとは驚きだな。だが案ずることはない。そもそも俺は独り身なのでな、お前さんを妾にする必要なぞないということだ」
焔 の言葉に冰は驚いたようにして大きな瞳を見開いた。
「え……? そうなのですか?」
うそ、そんなに格好良いのに――! とでも言いたげにポカンとした表情でいる。
「俺が独身なのがそんなに珍しいか? これでもまだ三十路前なのだがな」
やれやれと苦笑が浮かんでしまう。
「とにかく――だ。さっきも言ったが、結婚といっても必ずしも普通の夫婦のように過ごさずとも良いのだ。俺の妻になれば結局はここの遊郭で色を売るのと同じようなことも必要と思っているやも知れんが、共に暮らすというだけでこれまでと何ら変わりはねえ。お前さんは今まで通り学園に通い、黄 の爺さんと共に安泰で暮らせる。言うなれば俺の弟になると思えばいい」
「……弟……ですか?」
「そうだ。何も心配することはねえ」
要は結婚したからといって床を共にしたり、情を交わすなどの必要はないのだと説明する。ただし、人前に出た時だけは『夫婦』として仲睦まじく装ってくれると有り難いぞと言って焔 は微笑 った。
その笑顔がそこはかとなくやさしげで、元々の男前な顔立ちを更に甘く引き立ててか、急にドキドキと高鳴り出す心臓音が陶酔へと誘うようだ。冰は礼の言葉もままならずにうつむくのが精一杯であった。
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