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「そうだ……! ところで親父……頭目 のことだけど。お邸から九龍湾へ逃げられる道を掘ってたって本当なのか?」
みすみす逃してしまって大丈夫なのかと心配そうな顔をする。だが、飛燕は案ずるなと笑ってみせた。
「ヤツの行く先は決まっている。僚一や周隼 殿はご存知かと思うが――」
デスアライブという組織を知っているだろう? と訊く。
「デスアライブだと? まさかあの羅辰 はその組織と関係があるってのか?」
デスアライブ。それはどこの国にも属さない闇組織の名だ。
麻薬、武器、金、そして都合の良く使い捨てにできる人材。世の中の悪をすべて牛耳っているような闇の代名詞とも言われて恐れられている組織だ。僚一も隼 もその名だけは聞いたことがあるものの、実態を掴むところまではいっていない。同じ裏社会でも、隼 が治めるこの香港ように国や地域の単位で統治する者がいるわけではなく、世界中に散らばっておいそれとは正体を掴みづらくしている煙のような組織なのだ。
「デスアライブについて俺たちが把握しているのは、実態を現さない非道者の集まりだということだけだ。聞くところによると、人間を意のままに操ることのできる特殊な薬物を開発していて、それを食らった者たちは意思どころか恐怖や痛みといった感情をも削ぎ取られると言われている」
「ああ――いわば人間を戦闘用のロボットに変えるという薬物だそうな」
僚一と隼 が交互に言う。
裏の世界での共通認識では、その薬物を通称DAと呼び、危惧されているそうだ。デスアライブから取った頭文字である。
「まさかあの羅辰 がその組織に属していたというのか――」
そう訊いた二人に、飛燕は静かにうなずいてみせた。
「おそらくは――。私は裏の世界のことについては素人だが、この遊郭街へ来てからというもの、あの男のすぐ側で過ごしてきた。ヤツは大概の取り引きの際には用心棒として私を側に置いてきた。そんな中で度々耳にしたのがデスアライブという名だった。おそらくヤツは組織の中において中堅か、その下辺りに位置していたのではないかというのが私の印象だ」
羅辰 は組織に関する者たちが訪ねて来た際、いつもボスという存在に気を遣っているように見えたという。
「この遊郭街でヤツが奔放にしていられたのも、組織という後ろ盾があってのことだろう。ヤツはここで稼いだ金を組織に上納し、少しでも立場を良くしようと必死のようだった」
と同時にボスという存在を恐れていたようにも思える、飛燕はそう言った。
「おそらくヤツが逃げ込むとすれば組織だろう。ただし――今回のことで失脚したも同然の羅辰 を組織が寛容に扱うかは保障できんところだ」
もしかしたらしくじったことで上から消されてしまう可能性も高いだろうと飛燕は見ているようだ。
「だからヤツを逃したというわけか――」
逃したところでおそらくは黙っていても始末される運命にあるだろう羅辰 を、わざわざ自分たちの手を汚してまで討ち取る必要はないということだ。
「まあ、ヤツを捕まえておけば組織の実態について何かしら聞き出せることがあったやも知れんがね」
ただし、羅辰 が知っている実情などそれこそ大したものでもないだろうというのも事実だろう。
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