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その後、焔 は冰 の無事を確かめるべく邸に戻った。わずかの後にはロナルドと女が地下街を出たという報告が入る。やはりロナルドは一旦女の元に戻り、何食わぬ顔顔をして報酬を受け取ることを選択したようだ。
焔 は放り置いていいと言ったが、李 の独断で彼らの行く先に追跡をつけることにした。
とはいえ、李 がそう動くことは焔 にも分かっていたかも知れない。
◇ ◇ ◇
焔 邸――。
焔 を乗せた車が玄関前に着くと同時に冰 が飛んで出迎えに駆け寄って来た。
「焔 さん! 焔 さん……!」
まるで今にも泣き出しそうな表情ながら、焔 の無事な姿に安堵したのか、自ら懐へと飛び込んで来た。冰 もまた、劉 ら側近たちから事情を聞いていたわけで、居ても立っても居られなかったのだろう。共に暮らす中で彼が自分から抱きついてくるなど初めてのことだったが、殺し屋と対峙しているなどと聞けば、心配でしかたなかったろうことがありありと窺えた。
「焔 さん、良かった無事で! 本当に良かった……!」
「冰 ――。心配をかけたな」
「すみません、僕のせいで……」
「お前のせいなんかじゃねえ。それにほら、俺はこうして無事だろう?」
「はい……はい! 焔 さんがご無事で本当に良かった……!」
色白の頬を蒼くしながらもポロポロと安堵の涙を流す彼を、焔 は大事そうに抱き締めては震え続けている背中をさすった。
その夜、焔 は珍しくも自分の寝所へと冰 を呼んでいた。
これまでは同じ邸で暮らしているとはいえ、晩膳が済めば互いに別々の部屋で休むことが日常だったが、少し話したいことがあると言って自室へと連れて来たのだ。
「冰 、あと少しでお前さんも卒業だ。そろそろ将来のことを相談しようと思ってな」
「はい、焔 さん」
「卒業したら黄 の爺さんと同様にカジノに勤めたいと聞いているが――お前さん、ディーラーになることが夢か?」
「はい、そのつもりです。働く場所はどこでもいいと思っていますが、僕にはこれといって特技もありません。小さい頃からじいちゃんが教えてくれたディーラーの仕事でしたら、他のことをするよりもお役に立てると存じますので」
「そうか。では仕事は必ずしもディーラーがしたいというわけではないのだな?」
「は――、ええ。もしも他のことで少しでも僕にできる仕事があればいいのですが……」
そんな仕事はすぐには思い当たらないといったように戸惑い気味でいる。
「冰 、正直に言うと――お前さんがディーラーになりたいという強い夢があるならそれもいいと思っている。だが、もし他の仕事でも構わないというのならひとつ提案があるのだがな」
「――はい、ディーラー以外で僕がお役に立てそうなことでしたら、どんな仕事でも一生懸命努めたいと思います」
ということは、ディーラーをさせなくても冰 の夢を取り上げるということにはならないということだ。
「そうか。では提案だ。卒業したらこの俺の秘書として力を貸してもらいたいと思うのだが、どうだろう」
冰 はえらく驚いてしまい、大きな瞳をパチクリと見開いた。
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