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112 告白
「秘書……でございますか? えっと、僕が焔 さんの?」
「そうだ」
「……はい、あの……僕などでお役に立てるのでしたら」
冰 は未だ驚きを隠せないといった表情でいるが、ひとまずのところ焔 にとっては嬉しい返事だ。
「秘書といっても実質俺の側で茶を淹れてくれたり書類の整理などを手伝ってもらえれば良いのだ。難しい仕事は無いし、危険なことには巻き込まないと誓う」
「はい、あの……」
要は自分の側で身の回りの世話などをしてくれればいいということのようだが、それだったら既に執事の真田 や、他にも邸内の掃除や食事の支度などをする家令と呼ばれる者たちは多くいる。仕事の面では李 や劉 といった精鋭もいることだし、冰 は果たしてそんな諸先輩方と同じような任務が自分に務まるのだろうかと思ったようだ。
それでも焔 が直々にそうしてくれというのなら、精一杯励む心づもりではいる。
「はい、では先輩方にご教示いただきながら、皆さんの足手まといにならないよう努めて参ります」
胸前で手を合わせて丁寧に腰を折る。初めて見た日そのままに、相変わらずの礼儀正しさが可愛くもあり、その反面もう少しその律儀すぎる壁を越えて甘えてくれたら嬉しいとも思ってしまうのは焔 の欲だろう。
「冰 ――」
「はい」
「――ただ側に居てくれれば嬉しいのだ。俺はお前さんが常にこの目の中に入るところに居てくれるだけで有り難い。お前さんの存在が心を満たしてくれるのでな」
お前が側にいるというだけで安らぎを覚え、ひいては仕事にも身が入るのだ――そんなふうに言っては少し気恥ずかしげに微笑む焔 の男前の顔が心拍数を上げる。
側にいるだけでいい――つまりは秘書というのは名ばかりの体面であって、実質的な仕事などは無いという意味にも受け取れる。
「あの……焔 さん」
「ん――?」
「いえ……あの、お側にお仕えさせていただける光栄に甘んじず、精一杯努めて参ります。至らぬところも多ございましょうが、よろしくご指導くださいませ」
今一度丁寧に頭を下げたその仕草に、焔 は『うむ』と返しながらも少々深い溜め息が漏れてしまうのを抑えられずにいた。
もうこの際、はっきりとプロポーズを口にすべきだろうか――と、ついぞせっかちな思いが胸を過ぎる。本来、彼が成人を迎えるまでは伸び伸びと過ごさせてやりたいと思っていたのだが、例えばその成人までのあと数年をこれまで通り共に過ごしたとて、この律儀過ぎる少年の心を解し切ることはできないかも知れない。無駄に数年を堪えるのであれば、今ここで想いを打ち明けて、彼の気持ちも聞いてしまった方がいいようにも思えてくる。
焔 にとって迷いがあるとすれば、それは自らの立場にこの少年が逆らえる身分に無い――という、ただその一点であった。
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