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自分はこの香港裏社会を牛耳るマフィアのファミリーであり、砦の皇帝と云 われる立場にある。その皇帝の意思に逆らえる者などそうはいないということも熟知している。例えば自分がこの少年を欲したとするなら、彼が望まずとも嫌だとは言えないことを知っている。形として無理矢理側に置くことは可能でも、心が伴わないのであれば少年にとっても自分にとっても不幸といえるからだ。
もしかするとそれは冰 にとっても根は同じなのかも知れない。彼が何を望み、何を望まないのか、態度や口に出して言えないことも多いのだろう。互いの間にある目に見えないこの壁を打ち破るには、ただ待っているだけではいつまで経っても堂々巡りだ。この際、腹を割って互いの真意をとことん話し合ってみるしか解決する方法はない。例えばその答えが自身にとって残念な結果であったとしても、その時は縁が無かったのだと思って諦めるしかない。そして、この少年と共に歩む未来が叶わないというなら、その時は運命をしっかりと受け止めて彼の幸せを願えばいい。そう思った焔 は、思い切って自らの胸の内にあるすべてをさらけ出してみようと決意したのだった。
「なあ、冰 ――。少し話して構わんか?」
「はい、焔 さん」
どうぞ何でもおっしゃってくださいというふうな真摯な視線が胸の鼓動を早くする。それは焔 にとってこれまでの人生で感じたことのない気持ちであった。
これまでは望んだ大概のものが左程苦もなく手に入ってきた人生だった。だが、人の気持ちだけはそう思うようにはいかないことも多い。いわば失恋――という手痛い思いが待っているかも知れない。だからといって恐れてばかりはいられない。このまま黒でもなく白でもないうやむやのままでは、この少年の夢や自由を取り上げていることにもなり得るからだ。
それは決して自身の望むところでもない。本当に彼の人生を思うならば自身の欲や我を通し続けてズルズルと側に置き留めるのではなく、彼の望むことを優先すべきなのだ。
「冰 ――。俺はこの砦を統治する立場にあって、それ故 ここに暮らす大概の人々は俺の意に逆らいづらいだろうことを自覚している。俺がこうして欲しいと言えば、例え相手にとってそれが不服であっても嫌とは言えないことも多かろう。だが、できることなら俺はそんな遠慮を超えて、互いに納得のいく道を選びたいと思っている。特にお前さんとの間では――な」
「……はい、あの」
「以前、黄 の爺さんとお前をこの邸に連れ戻す際にも訊いたが、俺はお前の本心が知りたいのだ」
本心――でございますか? というように小首を傾げる。
「本心だ。お前さんはこの邸で――俺の側で暮らすことをどう思っているのか、ディーラーにならずに俺の秘書として常に側にいることに不服は無いのか、俺がそうしろと言うから従うのではなく、お前さんが本当に望む人生とはどのようなものなのかを知りたい」
遠慮は一切いらない。思うままを教えて欲しいという焔 に、冰 は驚きの方が大きかったようだ。
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