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117 恩と絆

 それからは(イェン)(ひょう)の婚姻の準備が着々と進められていった。砦の皇帝が伴侶を(めと)るという話は瞬く間に地下街全体に広がっていき、九龍城砦は明るい話題にお祭りムードで満たされていった。  もちろん、伴侶が同性だということに驚く者もいるにはいたが、皇帝が幸せならばと殆どの人々が祝福してくれることに、(イェン)(ひょう)も有り難く皆の気持ちに感謝するのだった。  幸せの空気に包まれる中、その報告は届けられた。  (イェン)はもちろんのこと、遼二(りょうじ)らにとってもそれは驚くべき内容だった。なんと例の殺し屋・ロナルドが刺されて瀕死の重傷を負ったというのだ。  ロナルドと依頼者の女・白蘭(バイラン)については、その後も(リー)らが足取りの監視を続けていたわけだが、その見張り組からロナルドが地上の繁華街で殺され掛かっているとの報告が届けられたのだ。現場は砦を出たすぐ真上だったようで、(リー)が急ぎ駆け付けると、今まさにロナルドが腹から血を流して倒れ込んでいるところだった。辺りは野次馬でごった返していたものの、未だ救急車両は到着しておらず、ロナルドは虫の息で身悶えている最中だった。 「李兄(リー イォン)!」  見張り組の連中が焦燥感をあらわにしながらも(リー)の到着に胸を撫で下ろしていた。 「いったいどういうことです!? なぜこの者が……」 「それなんですが……彼は真向かいにある茶房で襲われたようでして、我々が気付いた時には既に刺された直後だったようです」 「刺した者は!? 逃げたのか?」 「いえ、それが……」  彼らの視線が指した先には、両手に刃物を持って服を血だらけに染めた一人の女が呆然とした様子で立ちすくんでいた。 「あの女……!? 白蘭(バイラン)か」  さすがの(リー)も驚きを隠せない。なぜ白蘭(バイラン)という女がロナルドを刺すことに至ったのか、それ以前に茶房にいたという彼女がどこから刃物を持ち出したのか――それはともかく今は彼の容態が最優先だろう。(リー)はロナルドの側にしゃがみ込んでは血だらけの身体を抱き起こした。 「おい、しっかりしろ! 私だ!」 「……あん……た、(リー)……さん」 「すぐに医者へ運ぶ! 気をしっかり持つのです!」  ところがロナルドは(リー)の腕を掴むと、驚くようなことを言ってよこした。 「いい……んス。手前を……このまま……逝かせてくださ……。これで少しは(ジォウ)……老板(ラァオバン)の……お役に……立てる」 「――? ロナルド? おい……!」 「サツが来れば……女……は、間違いなく……監獄行きです……。そうすれば、もう周老板(ジォウ ラァオバン)を……煩わせることも無……」  そこまで告げると、ロナルドは気を失ってしまった。  すぐに警察が駆け付けて来て、白蘭(バイラン)はその場で現行犯逮捕となり、拘束されていった。 「ロナルド! おい! しっかりしろ!」  その後、救急車両が到着する前に(イェン)邸の専属医師となった鄧海(デェン ハァイ)鄧浩(デェン ハァオ)の兄弟が駆け付けて来て、ロナルドは地上の病院ではなく地下街の病院へ担ぎ込まれることとなった。
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