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 拘束された白蘭(バイラン)については引き続き見張り組にその後の動向を報告するように頼み、(リー)はすぐさま(イェン)の下へと走った。ロナルドは重傷のまま地下街の病院で緊急手術が行われることとなり、春日野(かすがの)医師と(デェン)一家によって懸命な処置が始まった。  ほどなくして(イェン)遼二(りょうじ)を伴って手術室前へと駆け付けて来た。 「それで経緯は? なぜこの男が白蘭(バイラン)に刺されることになったのだ」 「詳しいことは解りませんが、彼が意識を失う直前に言い残したことが気になります。どうもロナルドはあのまま死ぬつもりでいたようなのです。これで周老板(ジォウ ラァオバン)のお役に立てる。そう申しておりました」 「俺の役に立てる――? どういうこった」 「詳しくは彼の容態が快復してからになりましょうが、もしかするとロナルドはわざとあの女に刺されるよう仕向けたのではないかと」 「わざと――だと?」 「女が手にしていた獲物(ナイフ)ですが、どうもロナルドが所持していた物のようでして。彼は目立つように自分の腰にナイフをぶら下げていたらしく、口論の最中に女がそれを取り上げて刺した――と目撃者らが口を揃えていたそうです」  なぜそんなことを――と、(イェン)が驚き顔でいる傍ら、遼二(りょうじ)はとある仮説を口にした。 「もしかしたら白蘭(バイラン)という女がお前さんと(ひょう)の婚姻を嗅ぎ付けたのではないか? それで、ロナルドが(ひょう)()り損ねたことを知って、二人の間に揉め事が生じた――というのがひとつ。もしくは――」  確かに有り得ない話ではない。(イェン)(ひょう)の婚姻については九龍城砦地下街では噂が広まっていたし、その噂が白蘭(バイラン)の耳に入ったとて不思議はない。 「もしくは、そこで女が性懲りも無くまた何らかの悪巧みをしていることに気付いたロナルドが――それを阻止しようとしたのかも知れん」  だからわざわざナイフを持参して行き、女にそれを見せつけて自分を刺すように罵倒でも投げつけたのではないか――。 「阻止だと? なぜロナルドが――」 「(ひょう)()り損ねた際にヤツは何の咎めもなく解放してもらえたわけだ。お前さんに対して少なからず恩を感じていたか、或いは女の執念を目の当たりにして嫌気が差したのか。いずれにせよ、女をこのまま放置すれば、性懲りも無く別の殺し屋を雇うなりしてまたお前さんを煩わせることになろう。雇われた殺し屋にとってもロナルドの時と同様、何も知らないまま周一族を手にかけることになるわけだ。ヤツにとって殺し屋は同業者――いわば仲間ともいえる。それと同時に――ヤツは以前、お前さんに逃がしてもらえた恩を感じていて、どうにか阻止したいと思ったのかも知れん」  そうだとしても普通に考えるならば刺されるのは女の方であろう。ロナルドほどの玄人(くろうと)がナイフを取り上げられて、ましてや簡単に刺されてしまうなど考えにくい。とすれば、わざと刺されたとしか思えないのだ。 「……ヤツめ、いったい何を考えてそんなことを」  まあそこのところはロナルド本人に聞いてみないとなんとも言えないが、遼二(りょうじ)の推測はそう的外れでもないのかも知れない。刺された直後にロナルドと対面した(リー)もまた、同じように感じていたようだ。 「彼が老板(ラァオバン)に恩を感じているのは事実と思われます。本来、(ひょう)さんを襲おうとした時点で葬られていたとて不思議はない身です。自分が白蘭(バイラン)に殺されることで彼女を監獄送りにし、老板(ラァオバン)が煩わされるのを避ける一役を買ったとも考えられます」 「ロナルドが……俺の為に――か?」  (イェン)がロナルドを不問いにしたのは、別段彼の為というわけではない。(ひょう)が葬られたことにすれば今後白蘭(バイラン)から(ひょう)が狙われることが無いからという、ただそれだけの理由だ。 「それなのに――あの男はこの俺に恩を感じて、てめえが()られることで女を監獄に閉じ込め、俺の前から災いを遠ざけたってのか……」  (イェン)は図らずも驚愕に拳が震えてしまうのを抑えられずにいた。
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