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132 初夜の皇帝

 (イェン)邸、寝所――。  地上での荘厳な結婚式も滞りなく済んだその夜は、宵闇に早春の月が煌々と輝く美しい晩だった。  共に三日夜(みかよ)の餅をいただいた後は、別々に湯を浴びて寝所へと向かった。(イェン)にとってはいつもの寝床だが、(ひょう)がここで休むのは初めてとなる晩である。家令の真田(さなだ)によって美しく整えられたベッドには(イェン)(ひょう)の名にちなんだ燃えるような真紅と、その名の如く雪のように純白が目に眩しい織物が天蓋から吊り下げられていて、御簾(みす)の趣きを醸し出していた。まるで(いにしえ)の皇帝が使う寝所さながらの設えに、真田(さなだ)の心配りを感じて胸が温かくなる。心を尽くして祝ってくれようとする意気込みが何とも嬉しくて、今宵は忘れられない初夜になる――と、(イェン)は格別な思いを噛み締める気持ちでいた。  (ひょう)生息子(きむすこ)でいて、誰かと肌を重ねるのは今宵が初めての経験となる。そんな彼を怯えさせないようにリードするのも亭主たる己の役目と心得てもいた。  そんな(イェン)が湯から上がると、既に(ひょう)が先に寝所で待っていたことに(わず)かばかり驚かされたものの、ちょこんと行儀の良く、また少し遠慮がちに(とこ)の淵に腰掛けている姿はなんとも言えずに愛らしくて愛しさが募った。 「(ひょう)――早かったな。もう湯を済ませたのか」 「はい、(イェン)さん」  (イェン)に気付くと、(ひょう)はすぐに立ち上がってぺこりとお辞儀をしてよこす。胸前で丁寧に両手を持ち上げて深々と腰を折る様は、初めて会った日そのままに変わらぬ律儀さだ。そんな彼が(まこと)この手に得られるのだと思うと、(イェン)の心は愛しさと同時に抑えきれなくなった情欲でじわじわと熱くなっていった。さりとてこの欲を剥き出しにしては純真そのものの彼を怖がらせてしまうだろう。初めての夜にそんなことではいけないと深く息を呑みつつも、かれこれ一年以上も我慢を重ねて待ち続け、ようやくと迎えるに至ったこの日だ。どんなふうに愛してやるべきかと今一度頭の中で深呼吸を繰り返す。 「(ひょう)――俺たちは晴れて夫婦となったのだな」  出来る限り情欲を抑えてやさしい声音でそう呼び掛ける。と同時に彼の華奢な肩を抱き寄せて、いざ睦の時へ突入せんと腕を伸ばした。  ところが――だ。 「(イェン)さん、初めてで至らぬところも多ございましょうが、どうぞご容赦くださいませ」  そう言うや否や、いきなり(ゆか)へとしゃがみ込んで正座をし、丁寧深々と土下座のようなお辞儀をされて(イェン)は惑わされる羽目となった。 「どうぞ、腰掛けられてください」  いきなり寝所の淵に座らされたと思いきや、羽織っていた絹製のローブをするりと両の手で捲られて面食らう。それだけに留まらず、色白の手でクイと両膝を開かれて、ますます慌てさせられてしまった。

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