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夜も更け、月が天心に昇る頃になって、ようやくと二人は激情から解き放たれて――美しく飾られた紅白の御簾 を夢幻のような眼でぼんやりと見つめていた。焔 の逞しく張った肩の筋肉と華奢で色白な冰 の肩とが触れ合い、激しい睦み合いに熱くなった身体を床の上に投げ出しては無心で天井を見上げる。そこに今の今までの激しい感情はなりを潜め、代わりに互いを想い合う愛しくて堪らない感情が沸々と湧き上がっては幸せな思いで胸がはち切れそうになるのだった。
「冰 ――愛している。生涯、二度と離さねえぞ」
色香ダダ漏れのバリトンが耳をくすぐる。
「焔 さん……僕も……僕もあ、愛して……います。生涯絶対に離れません」
「冰 ――。そうか。約束だ。この俺以外に――今宵のような可愛い姿を晒してはならぬ」
「もちろんです。焔 さんだけと誓います」
「そうか。そうか――!」
愛している。
愛している。
愛している――!
どこにもやらない。誰にも触れさせない。一生側に置いて離さない――!
そんな思いのままにありったけの愛情を込めて懐へと抱き締める。幸せな夜がゆっくりと更けていくのだった。
◇ ◇ ◇
「ところでな、冰 ――」
「はい、焔 さん」
腕枕の中で髪を揺らしながら「何でしょうか」と小首を傾げる。
「うむ……お前、ああいったことは書物ででも知ったわけか?」
「……え?」
「ん、だからアレだ。最初にお前がしてくれた口淫のことだが――」
「口淫……? あ……! あれは口淫というのですか?」
「……そうだ。口で愛すること」
ふいと瞳を細めて、長く美しい形の指先が小さく可愛らしい唇を撫でる。
「焔 ……さん」
「今度は俺がお前にしてやる」
まるで囁くようなバリトンがゾクリと背筋を撫で、今の今まであれほど激しく愛されたというのに、またすぐに腹の辺りをキュンとつままれるような感覚が走る。先程の”あの行為”を今度は目の前の彼がしてくれる――そんな想像が脳裏を過ぎると同時に、冰 の真っ赤に熟れた頬は今にも火を噴きそうなほど熱く火照っていく。
「焔 さん……そんな……」
畏れ多いですと言わんばかりにモジモジとし、顔を真っ赤に染め上げる。可愛らしいことといったらこの上ない。
この上ない――のだが。
直後に冰から飛び出した台詞を聞いて、思い切り片眉をしかめさせられることになろうとは――。
「実は鐘崎 の兄様と紫月 兄様にご教示いただいたんです」
――――は?
「ああ、でも良かったー! 兄様たちにおうかがいしておいて。僕一人では何をどうしたらいいのかまるで分からなかったものですから」
可愛らしい言葉に耳元を撫でられながらも、焔 の頭の中には遼二 と紫月 の悪戯心たっぷりのしたり顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え、脳裏を掻き乱す。
(あンの野郎ども……元凶はあいつらか――!)
これはひと言小言 をぶつけてやらねば気が治らない。
プンスカと鼻息を荒くする焔 の隣では安らかな寝息を立て始めた可愛い嫁さんの寝顔――。それを見た瞬間にフッと頬がゆるみ、自らもまた愛しいその額に頬を寄せて眠りに落ちていくのだった。
とにもかくにも忘れられない幸せな初夜を迎えられたことは確かである。愛しい嫁と少々憎らしくも心底憎めない友たちの顔が脳裏をグルグルとし、皇帝・焔 がその夜どんな夢を見たのかは本人のみぞ知る――といったところだろう。
初夜の皇帝 - おしまい -
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