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「それなんだがな、香港の遼二(りょうじ)らの調査でカジノの金庫に貯め込まれていることが分かった。実際、あの地下街で大量の現生をストックしておける場所といえばカジノの金庫は打ってつけだ」 「――なるほど。カジノの金庫か」  とすれば、強盗に入ったとして、運び出す手段も密かに――とはいかないだろう。車で運ぶにしても一台二台で済む話ではない。それこそ船便のタンカーに乗せるようなコンテナが必要だろう。 「カジノで得た収益は地下街の更に地下に造られた巨大金庫の中にストックされる。当然、容易には持ち出せない。例えば先日のように大火事を起こしたとしても金庫だけは守られる造りになっているからな。金庫番として常に数人の護衛もついているはず――。羅鵬(ルオ ポン)にとってはこれ以上ない安全な貯金箱であろう」  それを奪うとなれば、やはりか(いくさ)は避けられないといったところだ。  頭を抱える僚一(りょういち)らのやり取りを聞きながら、(ウォン)老人はしばし考え込む顔つきでいた。  ――が、ふと覚悟を決めたかのように、とある案を口にした。 「お二方、僭越ながらこの老体に考えがございます――」 「老黄(ラァオ ウォン)――? 何か良い策でもあられると?」 「はい……。住民たちを危険に晒さず、尚且つ敵にも気付かれずにカジノの金を穏便に吸い上げられればいい――ということでございますよな?」 「その通りだが――」  そんな都合の良い方法があろうかと、僚一(りょういち)飛燕(ひえん)も首を傾げる。 「ひとつご提案がございます。それは盗みという手段ではなく、正攻法で吸い上げる――という方法でございます」  (ウォン)老人のひと言に、僚一(りょういち)飛燕(ひえん)も驚いたように瞳を見開いた。 「正攻法――?」 「老黄(ラァオ ウォン)、それはまた……いったいどういう」  老人は二人を前に静かに語り出した。 「はい――正攻法でございます。カジノから現金を引き出す方法として一番穏便に済ませられるのは客として大勝ちすることかと思います」 「客として……?」 「はい。客が勝負で得た金を持ち帰るのはカジノの道理。この方法であれば如何に敵でも出し渋ることは許されますまい。至極真っ当な権利として堂々と現金を手にできます。地下街の皆に危険が及ぶこともない――ということになります」  確かに道理としては理解できるが、それこそそう簡単な話でもない。 「客としてカジノを訪れ、勝負に勝って金庫にある金をほぼ吸い上げるとなれば、よほど先見の目を持った勝負師が大量に必要となろうな」  仮にイカサマを用いたとしても、例えば百人近くの勝負師にカジノ全体で大勝ちさせるなど容易なことではないのでは? と、僚一(りょういち)飛燕(ひえん)も眉をひそめる。 「確かに――。通常から考えればほぼ不可能でしょうな。ですが――」  この老体に考えがございます――。  任せてはいただけまいか、老人はそう言った。 「ただし、それを決行するに当たっては少しの準備期間が必要だという。 「半年――いや、三月(みつき)ほどお待ちいただくわけには参りませぬか」 「三月(みつき)――」 「皇帝様や地下街の皆のことを考えるならば、本来一刻も早く決行したいという思いは重々承知です。ですが、少なくとも三月(みつき)――」  三月(みつき)の時間をもらえるならば、必ずや最も被害の少ない方法でカジノの金庫にある金を吸い上げられるようにする。老人はそう言った。
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