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146 時、流るる
一年後――。
結局のところ、黄 老人に案があると聞いてからあれよあれよという間に時が過ぎ、九龍城砦地下街に於いては羅鵬 が焔 らに強要していた廟がほぼ完成するに至っていた。
建設に携わっていた地下街の住民たちも、この理不尽な生活にも慣れ始め、以前のような暮らしは出来ずとも皇帝・焔 と共に肩を並べて生きていられるということにそれなりの幸せを見出し始めていた頃だ。
「ついに廟も完成でございますな……。本来であればここに祀られるのはあの羅辰 などではなく、我々の気持ちとしては皇帝、あなた様であったらどれほどいいのに――と思うところでございます」
工事の手を休めて休憩の茶を囲みながら住民たちがそうこぼす。
焔 と遼二 は体格も立派で、年齢的にも勢いのある働き盛りだ。廟の建設中も自ら進んで重い機材を動かすなど、できる限り住民たちに負担の掛からないようにと率先して動いてきた。
そんな彼らの背中を見つめながら過ごしてきた皆にしてみれば、当然の思いであろう。以前にも増して焔 への信頼は厚くなり、苦境の中にあって結団の心はより一層強固なものになったといえる。だが、焔 にとっては自らの至らなさが招いた最悪の事態という思いが重くのし掛かっていることに変りはない。
「俺なんぞを祀るなど――以ての外だ。地下街に阿片 が広がっていくことに気付くことすらできず、挙句は羅鵬 に踏み込まれて皆を苦境に追い込んだのは紛れもないこの俺だ――。そのように言ってもらえる価値など微塵もないどころか……この俺を怨むことなく共にこうして居住区に迎え入れてもらえた恩は言葉では言い表せない」
皆、本当にすまない――焔 はそう言って深々頭を下げる。
「皇帝、とんでもございません!」
「そうですよ! どうか頭を上げられてください」
「我々こそこれまであなた様に頼りきりで……あなたの懐の中で何の苦労もなくぬくぬくと過ごしてきたことを反省せねばなりません」
「例えこの先も羅鵬 の横暴下が続いたとて、我々はこうしてあなた様や鐘崎 様たちと一緒に生きていけるのなら、これも悪くはないと、そう思えるのでございます」
街が元に戻らずとも、この皇帝と共に生きられるのであれば細々とした慎ましやかな暮らしも案外いいものだ――と、そんなふうに言ってくれる皆の気持ちが有り難くもあり、と同時に自らの無力さが情けなくもあり、焔 は心の痛む思いを噛み締めるのだった。
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