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そして一年後。九龍城砦地下街、カジノ区――。
羅鵬 の部下からの知らせを受けて焔 がカジノへ駆け付けると、広大な店全体が蜂の巣を突いたような大騒ぎに見舞われていた。とりわけルーレットについていたディーラーは呆然としたように立ち尽くし、カードを操っていたディーラーに至ってはショックで卒倒。担架が用意され、鄧 兄弟や春日野 夫妻らが従事する病院から医師が駆け付ける始末だ。換金所の黒服たちもどうして良いやらうろたえるばかりで、客たちはとてつもなく強いギャンブラーの登場に好奇と尊敬の視線で頬を紅潮させて興奮状態でいる。
そんな異常事態の中にあって、羅鵬 にとっては何を置いてもまずは金である。本当に金庫の中が空になるほどなのかと、それしか頭にない慌てようだ。もはや砦の統治者としての尊厳など皆無で、鬼のような形相で換金係の首根っこに掴み掛かっては怒鳴り散らしていた。
「か、金を払う必要などないッ! どんなイカサマを使いやがったか知れねえが……一銭でも換金しやがったらてめえら生かしちゃおかねえぞッ!」
換金所を背に両腕を広げて立ちはだかり、己の身ひとつで金庫の金を守らんとする姿は哀れという以前にとことん情けない。そんな彼の目の前へと静かに歩み寄りながらギャンブラーは薄く口角を上げた。
「イカサマとはいささかご無礼なおっしゃりようですね。お客が勝てば、勝った分を支払うのはカジノの道理。違いますか?」
声の調子からしてギャンブラーはまだ若い男のようだ。目深に帽子を被っていて顔はよく見えないが、口元にたたえた薄い笑みが羅鵬 の怒りに火を点ける。
「貴様……ッ、まだガキじゃねえか……! もしかして……ここひと月の間で荒稼ぎしていやがったのはてめえかッ! こんなガキがカジノで大勝ちしただと!? 到底信じられんな!」
貴様のバックにどこかの大物が付いているというなら、そいつと話をしようじゃないかと憤っている。若きギャンブラーは更に口角を上げ、落ち着いた物言いでこう返した。
「信じようが信じまいが、僕が勝ったのは事実です。なんでしたら見ていた他のお客様方にお聞きなさればいい。とにかく――早いところ換金していただきたいのですがね」
「ふ……っざけるな! 誰がてめえのようなクソガキに……! びた一文払う銭など無えわ! 出ていきやがれッ!」
どうあっても換金する気はないようだ。そんな羅鵬 を前にギャンブラーは残念そうに肩を落としては深い溜め息を隠さない。
「ああ、お情けないことですね。ここ九龍城砦のカジノは世界でも屈指のお店とうかがっておりましたのに。事実、少し前まではとてもご立派な皇帝なる統治者がいらしたとか。彼の時代にはこの地下街はもっと生き生きとして栄えていたとお聞きして参ったのですが――どうやらトップの御方が代わられたのか?」
まるで皇帝・周焔 の統治時代には素晴らしかった遊興街が今は落ちたものだとでも言いたげだ。見ず知らずの若造にこうまでコケにされて、羅鵬 は顔から火を噴きそうな勢いでギリギリと歯軋りを繰り返した。
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