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152 望まれる皇帝と望まれない侵略者

「……お客人、ただいまはそこの者が失礼を申し上げた。ご無礼をお詫びする。他のお客様方にもお騒がせ申し上げたこと、申し訳ございません」  その言い草に羅鵬(ルオ ポン)は目を吊り上げたが、それを無視して(イェン)は客たちに頭を下げた。ギャンブラーは目深に被った帽子を手で押さえ、未だ(イェン)に背を向けたままで応える。 「お気になさらず。僕はこの方がおっしゃるようなイカサマなどは決してしていない。確かに額は大きいですが、お支払いいただけますかね」 「――今しがた、お客人がルーレットで勝たれた経緯をスタッフたちに確認して参ったところです。イカサマは無かったと皆口を揃えており、そうであれば当然の義務として換金させていただきとうございます」  (イェン)は静かにそう言った。 「そうですか。僕にとっては濡れ衣が晴れて有り難いことです。ですが――正直なところ僕が全額を持ち帰れば、こちらのカジノにとっては痛手では?」 「――致し方ありません。確かに我々にとって苦しいことは事実ですが、これもカジノの運命。時間が掛かるやも知れませんが、またお客様方に楽しんでいただける店となるよう、一から体制を立て直して参る所存です。お勝ちになられた分は換金させていただきましょう」  (イェン)の言葉に羅鵬(ルオ ポン)はますます目を吊り上げ、声を裏返して発狂。 「ふざけるなッ! 周焔(ジォウ イェン)! 貴様はやはり愚帝だ! クズだ! こんな若造のペテン師野郎にいいように言いくるめられやがって……ッ! こうなったらこの俺が始末してやるッ!」  懐に持っていた短銃を引きずり出して、羅鵬(ルオ ポン)はギャンブラーへと銃口を向けた。周囲にいた野次馬たちは大慌てで散り散りになり、店内に悲鳴が轟く。  ところが――だ。  羅鵬(ルオ ポン)の構えた短銃の前に身を突き出すようにして咄嗟に(イェン)が立ち塞がり、若きギャンブラーを自らの背に隠した。 「いい加減にしねえか、羅鵬(ルオ ポン)! お客人に対して、それがカジノオーナーのすることかッ!」  身を挺して客を庇った(イェン)の姿を目の当たりにして、店内にいたスタッフも大勢の客らも一瞬で場が静まり返る――。 「……クッ! カッコつけてんじゃねえッ、ボンクラ皇帝が! そこを退け! 何ならてめえごと始末してやるぞッ!」  だが、(イェン)は決してその場を動こうとしない。 「九龍城砦地下街はお客様の命を()るとんでもねえ遊興施設だと世間様に示すつもりか? この街に生きる者の一人として、そんなことは決してさせられんな。撃ちたくば撃て。この俺の屍を越えていくがいい」 「……ッ、どうあっても退かねえつもりか」 「言うまでもねえ」  (イェン)は両腕を広げたままで背に隠した客を庇い続ける。  しばらくして、会場のあちこちから啜り泣く声が聞こえてきたと思ったら、嗚咽と共に縋るような声が上がり始めた。 「皇帝周焔(ジォウ イェン)……!」 「我々の統治者は……今も昔もあなた様だけです」 「その通りです! 私どもはあなたの下で働きたい」 「……もしもまた……一年前と同じようにそこの羅鵬(ルオ ポン)が放火を企てようというなら……それでも構わない! 二度と屈する気は無い!」 「私も同じです! 皇帝様の下で生きられないのであれば、この人生に意味はありません! 例え業火に焼かれようと、あなた様と共に逝けるのであれば悔いはない!」  次々とそこかしこから上がる声、それらは皆、このカジノで働くディーラーやスタッフたちのものであった。

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