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「突然訪ねて来られてそんな突拍子もないことを言われてもな――。冰 はこの香港で雑貨店を営んでいた雪吹 夫妻の子供だと聞いている。その雪吹 夫妻が事故で亡くなって以来、隣家に住んでいた黄 の爺さんが幼い冰 を引き取って育ててきたのだ。その間、十年余りだ。今になって日本の大財閥の後継者だったなどと言われても、にわかには信じられん話だな」
焔 は相変わらずに気難しい表情で目の前の男女と対峙している。年若いながらもマフィア頭領 の息子として生まれてからこの方、ずっと裏の世界で育ってきたゆえ堅気の一般人には無い圧を纏っているのは確かだ。そんな焔 を目の前にすれど、彼らの方も引き下がるつもりは毛頭ない様子だ。
「ですから! その雪吹 夫妻というのは私共氷室 一族の邸で使用人をしていた者たちだとご説明申し上げたでしょう! 冰 はその二人によって生まれてすぐにこの香港へと連れ出されたというわけなのですわ!」
「連れ出されただと? つまりはなんだ、まるで拉致にでもあったような言い草だな」
じろりと男女を見やれば、若干慄きつつもその通りだといって声を荒げた。
「拉致ですって? やはりマフィアというだけのことはお有りね。粗暴な言い方をなさいますこと! とは言え、意味合い的には当たっていますわ。あの子は雪吹 夫妻によって連れ去られたも同然ですもの!」
敵意を隠さない女を宥めるように、今度は男の方が経緯を付け加えてよこした。
「まあ……実のところは拉致などという大袈裟なことでもないのですがね。冰 は私の血を分けた妹が産んだ子でして。私と家内にとっては甥っ子に当たる子なのです」
つまり、この中年男女は夫婦で、冰 の伯父伯母に当たるということのようだ。
「甥っ子――だ?」
「そうです」
彼らの言い分はこうだ。二十年前、冰 は氷室 財閥当主の嫡男として生まれた。当主はその時既に六十歳にもなろうという壮年だったそうだが、正妻である夫人とは親子ほども歳が離れていたそうだ。その夫人というのが今焔 の目の前にいる男の実妹に当たるという。氷室 の当主には正妻の他に妾といえる女性が複数いたそうだ。
「妹はたいそうやさしい娘でしてね。もともと気が弱かったこともあり、財閥の当主とは歳も離れている上、お妾たちや親族の者らに気を遣う日々。精神的にも負担が大きかったのでしょうな。冰 を生むと間もなく病で他界しましてな」
妾らとの間にもそれぞれ子を持っていた氷室 の当主は、いわゆる子沢山だったそうだ。
「ですが、嫡子たるは妹の産んだ冰 のみ。つまりあの子には妾の子らよりもはるかに正当な継承権があるわけでして」
「正当な継承権――とな。ではひょっとして財閥のご当主としては嫡子以外の子供に後を継がせる心づもりだとでも?」
「まあ……そういうことです。当主も高齢でしたからな。寿命を全うしたと言えるでしょう」
「ということは、亡くなった――というわけか」
「左様で――。つい先頃のことでした。大往生と言えます」
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