166 / 188

165

「どうするのよ、あなた! あのマフィアのことですもの、(ひょう)に会わせろと言ったところで簡単に『うん』と言うわけもないわ」 「それについては何か方法を考えるしかない……。とにかく(ひょう)に会えさえすれば後は何とでもなるのだ。今はひとまず引き下がるしかあるまい」 「クッ……! そんなことをしている内に妾たちに遺産が配分されてしまったらどうするのよ! まったく憎らしいマフィアだこと!」  とはいえここで地団駄を踏んでいても始まらない。渋々ながらも二人は一旦この九龍城砦地下街から引き上げることにしたようだ。  一方、(イェン)の方でもこの件についての裏を取る為、早速に手を打つべく行動に出ていた。遼二(りょうじ)と側近の(リー)ら、それに(ウォン)老人にも加わってもらい例の夫婦から聞いたことを打ち明けていた。  当然ながら遼二(りょうじ)らも驚いたようだった。 「(ひょう)氷室(ひむろ)財閥の御曹司だと?」 「ああ――。それがあの伯父伯母とかいう二人の言い分だが」  (ウォン)老人にも雪吹(ふぶき)夫妻と(ひょう)の暮らしぶりについて思い返してもらうことにする。本当に(ひょう)雪吹(ふぶき)夫妻の実子でないのであれば、当時そのようなことを見聞きしたり、あるいは普通の親子とはどこか異なった雰囲気を感じたりしたことがあったかも知れないからだ。だが、(ウォン)老人に心当たりは無いようだった。 「そのようなことは聞いた記憶がございません。雪吹(ふぶき)のご夫妻は本当に(ひょう)を大切にしておりましたからな。隣家の私にも良くしてくれて、とても仲の良いご夫婦でした。まさか他人様(ひとさま)の子供を育てていたなど……この老体には到底信じられない思いでございますぞ」  だとすれば、雪吹(ふぶき)夫妻は本当に忠義に厚い人柄だったということだろうか。 「もしもあの伯父伯母の言うことが真実だとしても――だ。雪吹(ふぶき)夫妻とて(ひょう)の他に実子を持っても不思議ではない年頃だったろう。だが夫妻には(ひょう)以外に子はいなかったわけだな?」 「皇帝殿のおっしゃる通りでございます。お子は(ひょう)一人でした。それはそれは大切に育てておりましたぞ」  あれが他人の子というなら自分の目も節穴だったと言わざるを得ませんな――と、(ウォン)老人も首を傾げている。 「とにかく――あの二人が簡単に(ひょう)を諦めるとも思えん。一旦はこの地下街から去ったようだが、いつまた(ひょう)の前に現れんとも限らん。地下街への出入りはもちろんのこと、(ひょう)を訪ねて来るような輩があれば本人に取り次ぐ前に俺に知らせてくれ」 「かしこまりました。このお邸の警備は万全にいたします」  側近の(リー)(リゥ)が覚悟ある面差しでそう応える。(イェン)としてもひとまずのところ警備を手厚くするくらいしか手立てはない。むろん、その間に本当に(ひょう)氷室(ひむろ)財閥の嫡子であるのかといった調べを進めることは忘れない。  平穏だった九龍城砦に不穏な暗雲が広がるような心持ちでいた。 ◇    ◇    ◇

ともだちにシェアしよう!