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「どうするのよ、あなた! あのマフィアのことですもの、冰 に会わせろと言ったところで簡単に『うん』と言うわけもないわ」
「それについては何か方法を考えるしかない……。とにかく冰 に会えさえすれば後は何とでもなるのだ。今はひとまず引き下がるしかあるまい」
「クッ……! そんなことをしている内に妾たちに遺産が配分されてしまったらどうするのよ! まったく憎らしいマフィアだこと!」
とはいえここで地団駄を踏んでいても始まらない。渋々ながらも二人は一旦この九龍城砦地下街から引き上げることにしたようだ。
一方、焔 の方でもこの件についての裏を取る為、早速に手を打つべく行動に出ていた。遼二 と側近の李 ら、それに黄 老人にも加わってもらい例の夫婦から聞いたことを打ち明けていた。
当然ながら遼二 らも驚いたようだった。
「冰 が氷室 財閥の御曹司だと?」
「ああ――。それがあの伯父伯母とかいう二人の言い分だが」
黄 老人にも雪吹 夫妻と冰 の暮らしぶりについて思い返してもらうことにする。本当に冰 が雪吹 夫妻の実子でないのであれば、当時そのようなことを見聞きしたり、あるいは普通の親子とはどこか異なった雰囲気を感じたりしたことがあったかも知れないからだ。だが、黄 老人に心当たりは無いようだった。
「そのようなことは聞いた記憶がございません。雪吹 のご夫妻は本当に冰 を大切にしておりましたからな。隣家の私にも良くしてくれて、とても仲の良いご夫婦でした。まさか他人様 の子供を育てていたなど……この老体には到底信じられない思いでございますぞ」
だとすれば、雪吹 夫妻は本当に忠義に厚い人柄だったということだろうか。
「もしもあの伯父伯母の言うことが真実だとしても――だ。雪吹 夫妻とて冰 の他に実子を持っても不思議ではない年頃だったろう。だが夫妻には冰 以外に子はいなかったわけだな?」
「皇帝殿のおっしゃる通りでございます。お子は冰 一人でした。それはそれは大切に育てておりましたぞ」
あれが他人の子というなら自分の目も節穴だったと言わざるを得ませんな――と、黄 老人も首を傾げている。
「とにかく――あの二人が簡単に冰 を諦めるとも思えん。一旦はこの地下街から去ったようだが、いつまた冰 の前に現れんとも限らん。地下街への出入りはもちろんのこと、冰 を訪ねて来るような輩があれば本人に取り次ぐ前に俺に知らせてくれ」
「かしこまりました。このお邸の警備は万全にいたします」
側近の李 と劉 が覚悟ある面差しでそう応える。焔 としてもひとまずのところ警備を手厚くするくらいしか手立てはない。むろん、その間に本当に冰 が氷室 財閥の嫡子であるのかといった調べを進めることは忘れない。
平穏だった九龍城砦に不穏な暗雲が広がるような心持ちでいた。
◇ ◇ ◇
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