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166 焦燥

 事が起こったのはそれからひと月も経とうかという頃だった。季節は初冬、温暖な香港の地に涼やかな空気が満ちる頃に起こった。なんと(ひょう)が忽然と姿を消してしまったのだ。  その日は(ひょう)の小学生時代の同窓会が香港の街中で開かれるということで、側近の(シン)(フー)が護衛がてら地上の街まで送って行った。二人はそのまま同窓会がお開きになるまでの間を会場となっているホテルのロビーで待機していた。ところがいつまで経っても(ひょう)は会場から出て来ない。宴が開いたのは明らかで、他の同級生らがほぼ引き上げた頃になってもその姿が見えないことを疑問に思った二人が会場内を捜索して、そこで初めて異変を知ったという経緯だった。  (シン)(フー)はすぐさま事態を皇帝邸へ報告、(イェン)自身と遼二(りょうじ)が急ぎ会場へ駆け付けたものの、(ひょう)の行方はようとして知れず終いだった。 「考えられるのは例の氷室(ひむろ)財閥からやって来た夫婦だ――。まさか同窓会の機に乗じて(ひょう)を拐いやがったというわけか……」  思い当たるのはそれしかない。護衛役の(シン)(フー)はそれこそ腹を切る勢いで蒼白となっていた。 「焔老板(イェン ラァオバン)、申し訳ございません! 完全に手前共の不手際です……」  二人は今にも腹掻っ捌く勢いで床へと突っ伏して謝罪をしたが、(イェン)はお前たちのせいではないと言って二人を宥めた。 「しかし――ヤツらもこちらが考えている以上に狡猾だったということだ。(シン)(フー)、お前さんたちはカネと協力してすぐに啓徳空港(カイタック)へ行ってくれ! 日本へ飛ばれる前にヤツらを押さえるのだ! 俺たちは今一度この周辺を徹底的に捜す」 「は――! 命に代えましても!」  (イェン)(リー)らはホテルに残って会場内に怪しい人物が出入りしていなかったかなど詳しく聞き取り調査を行うことにし、(シン)ら側近二人は遼二(りょうじ)と共に急ぎ空港へと向かい、二手に分かれて捜索することとなった。  とはいえ、二十世紀半ばのこの時代だ。後に当たり前となる防犯カメラなどは常設されておらず、捜索には困難を期した。  その日の夜、(イェン)邸では空港から戻った遼二(りょうじ)らから結局(ひょう)を見つけられなかったとの報告が成されていた。 「日本への便を中心にしらみ潰しに当たったが、搭乗者にそれらしき一行は見つからなかった……」  遼二(りょうじ)は、日本への便以外にも一旦別の国へ迂回することも鑑みて各航空会社を当たったものの、手掛かりになるものは無かったと言った。とすれば、彼らはまだこの香港のどこかにいる可能性もゼロではない。(イェン)は父と兄にも報告を上げ、遼二(りょうじ)の方でも父の僚一(りょういち)に応援を要請。が、不運なことに僚一(りょういち)は現在、組番頭の源次郎(げんじろう)を伴ってインドネシアでの任務中であった。それでも留守番の組員たちを動員して、日本国内の空港を当たらせようと言ってくれた。こうして、皆は寝る間も惜しんで(ひょう)の行方を追うことに全力を尽くすこととなったのだった。 ◇    ◇    ◇

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