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171 真実への階段

 日本、東京――。  遼二(りょうじ)曹来(ツァオ ライ)、それに万が一の時の体調を考えて医師である鄧浩(デェン ハァオ)を同行させてくれた兄・周風(ジォウ ファン)の温情に感謝しつつ、無事に東京へと着いた(イェン)は、手始めに氷室(ひむろ)財閥へ赴くつもりでいた。ところが、曹来(ツァオ ライ)からはその前に寄りたい所があると言われた。 「(イェン)君、実は兄君の周風(ジォウ ファン)に頼まれて香港を発つ前に私の方でも少々下調べを行ったのだ。弁護士仲間がこの東京に事務所を構えていてね。彼の伝手で氷室(ひむろ)財閥がお抱えにしている弁護士が誰かというのを調べてもらったのだよ」  その結果、財閥の方でも例の伯父伯母という夫婦が氷室(ひむろ)当主の嫡子を捜し出して来たという言い分に手を焼かされていたことが分かったというのだ。 「(イェン)君のところを訪ねて来たという伯父夫婦だが、彼らは確かに氷室(ひむろ)の亡きご当主夫人の兄とその妻で間違いはなかった。ただし、妹君が他界されてからの二十年は氷室(ひむろ)家との関わりもほぼ希薄だったようだね」  曹来(ツァオ ライ)の調べによると、伯父夫婦というのは氷室(ひむろ)一族からも大して重要視されておらず、財閥が関わっている企業などとも関係は皆無だったそうだ。 「ご当主夫人が健在の頃こそ多少は恩恵を与っていたようだがね。他の親族たちは氷室(ひむろ)家が経営する企業に携わっている者が殆どだが、あの伯父夫婦は財閥とは無縁の稼業で生きているみたいだね。つまり、一族からは蚊帳の外にされていたようだ」 「とすると、伯父夫婦というのは左程裕福な暮らし向きでもないということでしょうか」  遼二(りょうじ)が訊く。 「そのようだね。もともと一族の間では当主と歳の離れ過ぎたご夫人を両手放しで歓迎していたわけでもなかったそうだからね。その兄に当たる伯父夫婦のことも煙たく思っていたのかも知れない」  そこで伯父夫婦は血眼になって嫡子たる(ひょう)を捜し出し、当主が亡くなった暁には遺産をせしめるつもりでいたのだろう。 「ここで問題がひとつ――」  曹来(ツァオ ライ)は人差し指を立てながら(イェン)遼二(りょうじ)を見つめた。 「(ひょう)君が氷室(ひむろ)当主の嫡子というのがはたして事実なのかということだ。冷静に考えて、本当にそれが事実とするなら――だ。老黄(ラァオ ウォン)雪吹(ふぶき)夫妻から何らかの事情を聞いていたとしても不思議はないと思わないかい? 調べたところ老黄(ラァオ ウォン)雪吹(ふぶき)夫妻は非常に懇意にしていて、夫妻が事故で亡くなる以前は実の家族とも言えるほどに仲睦まじかったそうだ。もしも本当に雪吹(ふぶき)夫妻が氷室(ひむろ)の嫡子を預かり育てていたならば、もしかしたら老黄(ラァオ ウォン)にはそのことを漏らしていたのではないかと思うんだ」  雪吹(ふぶき)夫妻とて頼る当てのない異国の地で、他人様(ひとさま)の――それも自分たちが仕えていた大財閥の嫡子を託されていたとすれば、少なからず先行きの不安は抱えていたはずだ。当時、家族さながらに思っていた(ウォン)老人に何らかの相談をしていたとしても不思議ではない。 「だが、老黄(ラァオ ウォン)はそのような話は聞いた覚えがないわけだろう? であれば、そもそも例の伯父伯母というのが言っていることが本当に事実なのか――というところから疑って掛からねばと思ったわけさ」  曹来(ツァオ ライ)氷室(ひむろ)家の系図について調べを進めた結果、懇意にしている東京在住の弁護士仲間から耳に入れておきたい情報に辿り着いたという知らせを受け取ったというのだ。

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