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「まずはその彼の事務所を訪ねたいと思うんだ。氷室 家へ行くのはその後でも良かろうかと」
「分かりました。しかし曹 さん――まさか冰 のことでそんなにもお心を砕いてくださっていたとは……」
焔 にしてみれば、自身の伴侶のこととはいえ、むやみにファミリーを煩わせるのも憚られていたのは事実だ。自身の力だけではどうにもならなくなって初めてファミリーを頼るつもりでいたのだが、まさか兄の風 がファミリー専属の弁護士でもあるこの曹来 に言って、迅速な調査に動いていてくれたとは思いもよらなかった。
「周風 にとっても冰 君は家族だ。風 に限らず親父殿もいたく心配されていらしたのだよ」
「そうだったのですか――。親父にも兄貴にも、それに曹 先生にももちろんのこと、何と礼を申してよいか……言葉もありません」
「それも焔 君と冰 君のお人柄ゆえさ。とにかく急ごう」
そうして曹来 の知り合いだという弁護士事務所へと向かったところ、なるほど貴重といえる調査結果を聞かされることと相成った。なんと冰 が氷室 財閥の嫡子だというのは間違いである可能性が出てきたというのだ。
弁護士の名は佐山戒 といった。曹来 とは出身校こそ違うものの、大学時代に国際交流の一環で知り合ったサークル仲間だそうだ。久しぶりの学友との再会を懐かしむ暇もなく、曹 は逸ったようにして訊いた。
「それで佐山 。冰 君が氷室 家の嫡子じゃないかも知れないとはどういうことなんだ?」
「ああ……。実はな、今はもうご高齢で現役を引退してはいるが、代々氷室 家のお抱え医師だった御仁を当たったところ、どうやら嫡子を授かったというのは氷室 夫人の思い込みだったという話が持ち上がってきたんだ」
「……!? 思い込みというと、懐妊自体が嘘だったということか?」
「どうもそうらしい。夫人はご当主と歳が離れていたこともあって、親族たちからはあまり歓迎されていなかった――というのは聞いているな? せめても子を授かれば周囲の見る目も変わると思っていたんだろう。だが、なかなか思うようにはいかなかった。夫人の情緒は不安定になっていくばかりで、子を望む気持ちが強過ぎてか、ついには子を授かったと錯覚するようになっていったそうだ」
「錯覚だって? では実際には氷室 当主夫妻の嫡子は生まれていなかったと?」
「その通りだ。だが、人体のメカニズムというのは不思議なものらしくな――。時として真実と虚偽を錯覚させることもあるようだぞ。当時の夫人には確かに懐妊の兆候が見られたのも事実のようなのだ」
どういうことだ――と、一同眉をひそめて互いを見合う。佐山 もまた、少々信じ難い話ではあるのだがと言いつつ、その理由を口にした。
「お抱え医師によると、当時確かに懐妊の兆候があり、いわゆる女性の月のものが止まっていたというのだよ。その間、およそ三月 ほどだったそうだ」
今現在、ここに集うのは男ばかり五人だ。しかも焔 の伴侶は同性の冰 であるし、他の四人は皆独身だ。医師の鄧浩 は別としても、女性の月のものと聞いたところで確かにピンとこないのは事実だが、言われている意味は理解したようだ。
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