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「彼らが住んでいた邸ですが、ここしばらくは人の気配が感じられない。それとなくご近所にも当たってみましたが、長期の旅行にでも出掛けているのではとのことでした」
「邸に帰っていないと――な。ひょっとするとヤツら、既にこの日本を出るつもりなのやも知れん」
焔 は憤る気持ちを抑えながらも冷静に事態を考えていた。
「佐山 殿が言うように、あの伯父夫婦が遺産を手にしたのなら冰 が用済みなのは確かだろう。よもや我々周 一族に戦を売るような馬鹿な真似はしないとは思うが――」
戦を売るような馬鹿な真似――とは、万が一にも冰 を亡き者にするということだ。いかに伯父夫婦が守銭奴とはいえ、一応は冰 の功績によってまんまと遺産をせしめることに成功したわけだ。用済みだからといって葬ってしまうようなことはしないだろうと思われる。そんなことをすれば周 家が黙っているはずもないというのは、如何に悪人たる彼らでも想像がつくはずだ。異国のマフィア相手に喧嘩を売るほど能無しではないだろう。
「とはいえ、ヤツらが懇切丁寧に冰 を俺の元へ送り返すとも思えん」
始末こそされないにしろ、冰 を送り返せば遺産の行方について問われないとも限らない。彼らは何よりもそれを恐れているはずだ。進んで焔 の前に姿を現すことは避けるに違いない。もしかしたら今頃冰 は遺産の一部すら分けてもらえないまま、放り出されていることも考えられる。
「ク……ッ、この日本で冰 の頼れる所といったら――紫月 と飛燕 殿のご実家の寺しかあるまいが……」
確かに冰 は約一年もの間を飛燕 の生家である川崎の寺で過ごしていた。例の羅辰 の息子が九龍城砦地下街を占拠した時のことだ。
とはいえ、あの心やさしい冰 のことだ。いかに知り合いといえども飛燕 の実家を煩わせることになっては申し訳ないと、寺に助けを求めることは憚られているかも知れない。
まあ、放り出されているとしても心配には違いないが、あるいは始末こそされないにしろどこかに監禁されていないとも限らない。
「やはり氷室 家へ乗り込んで伯父夫婦の所在を聞き出すしかなかろう」
焔 はすぐにでも氷室 家へ向かう心づもりのようだ。遼二 もまた、焔 とは別の方向から伯父夫婦の行方を捜そうと言った。
「焔 、伯父夫婦とやらのやったことは紛れもない詐欺だ。我が組が昔から懇意にしている刑事が警視庁にいる。丹羽修司 といって、今は捜査一課を仕切っている精鋭だ。俺は彼にコンタクトを取って今回のことを打ち明ける。氷室 家の方でも伯父夫婦のしたことが詐欺と知れれば警察が動いても文句はなかろう」
というよりも、よくぞ突き止めてくれたと感謝されるくらいの事案だ。
「お前は曹 先生、鄧 先生と先に氷室 家へ向かってくれ。俺も修司 さんに会ったらすぐに後を追う」
「分かった。すまんがよろしく頼む」
こうして遼二 は警視庁へ、焔 と曹来 、鄧浩 は弁護士の佐山 と共に氷室 家へ向かうこととなった。
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