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「どうされましたか? 使い方が分からないのかな?」
穏やかな笑みと共にそう訊いてくる。
「あ……いえ、その……通話料を知りたくて」
「通話料ですか? どちらへお架けになりたいのです?」
「はい、あの……香港へ」
「香港?」
「はい、あの……僕は香港からやって来たのです。自宅の家族に連絡を取りたいのですが、あいにく所持金が尽きてしまいまして。香港に電話を架けるにはいくらくらい必要なのかなと思いまして……」
駅員は目を丸くしながらも、何か訳ありだと感じたのだろう。香港からやって来て家族に連絡を取りたいというのであれば、当然日本人ではないのだろう。だが、思いの外流暢な日本語を話すこの青年だ。きっと頭が良く、語学留学か何かで来日していると思ったようだ。加えて、冰 の善良そうな様子に、悪いことをしでかすような人間ではないと思えたのか、
「ご自宅に連絡を取られたいということですね? それでしたらコレクトコールで架けられてはいかがですか?」
と、にこやかに微笑んだ。
「コレクトコール……ですか?」
「ええ。通話料をお相手様が支払う電話のことでございます。それでよろしいのであれば、料金は掛かりませんよ」
「……! 本当ですか?」
パッと、冰 は瞳を輝かせた。それならば有り難いことこの上ない。アルバイトでお金を稼ぐ間の時間が無くて済むのだ。今は金の問題よりも一刻も早く焔 らを安心させることの方が先決だ。親切な駅員に架け方を教えてもらい、逸る気持ちでダイヤルボタンを押した。
◇ ◇ ◇
香港、九龍城砦地下街・焔 邸――。
通話口に出たのは李 だった。聞き慣れたその声にホッと胸を撫で下ろす。
「李 さん! 冰 です!」
『冰 さん!?』
「すみません。ご心配をお掛けしました。あの……僕は今、日本におりまして」
そう聞いて、驚きつつも李 はやはりと思ったようだ。まずは何を置いても無事でいるのかと訊いてきた。
「はい、お陰様で無事です。ただ持ち合わせが……全く無くて……それでコレクトコールというのがあると親切なお方が教えてくださって」
『左様でしたか! それで――今どちらに居られるので?』
「えっと、東京駅というところです」
『東京駅! 承知いたしました! 冰 さん、焔老板 も今日本におられます! すぐに連絡を取りますので、そこを動かずにいてください!』
「焔 さんが日本に……?」
『ええ! 冰 さんを捜しに遼二 殿と風老板 の側近の曹来 ら数人で日本に向かわれたのです。今頃はおそらく曹来 の知り合いの弁護士事務所あたりでしょう。すぐに連絡を取りますので!』
李 は通話を切らずにそのままお待ちくださいと言って、側にいただろう人物と電話を代わった。自身は別の電話機で焔 らに連絡を入れてくれるようだ。通話口からは兄・周風 の声が聞こえてきた。
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