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『冰 ! 私だ。周風 だ』
「お兄様!」
『無事か!?』
「はい! ご心配をお掛けして申し訳ありません!」
『いや、いいのだ。とにかく無事で良かった! 今、李狼珠 が焔 に連絡を取っている。すぐに迎えに行くから心配しないで待っているのだぞ!』
「はい! お兄様、ありがとうございます……!」
その後、焔 らが東京駅に到着するまで通話を切らずに兄・風 は冰 を励まし続けてくれたのだった。
駅の構内は外より幾分マシではあるが、温暖な香港育ちの冰 にとってはとにかく寒い。かじかむ手で受話器を握りながら、それでも通話口の向こうから聞こえてくる兄・周風 の声はあたたかくて頼り甲斐があって、慣れない寒さも吹き飛ばしてくれるようだった。
ふと、外を見やればすっかりと降り切った真冬の夜空からチラチラと白い花吹雪のようなものが舞っていることに気がついた。
「あ……!」
驚いたような冰 の声に、受話器の向こうでは周風 が心配そうに身を乗り出しているふうな気配が感じられた。
『どうした冰 !? 何かあったのか?』
「あ、いえ……すみませんお兄様。外に……白い花びらのようなものがたくさん……。空から降って来ているみたいで」
周風 は一瞬言葉を詰まらせた後、
『もしかして――雪ではないのか?』
と、そう言った。
「雪――? これが……雪?」
『白い花びらのようなものが無数に空から降ってくるのであろう? だったらそれは雪かも知れん。今は十二月の半ばだ。日本は寒い時期であろうからな』
周風 は寒くはないかと気遣いながら冰 を励まし続けた。
「はい、香港では想像もできないくらい寒いです。でも――これが雪……なんですね。初めて見ましたが、とても神秘的です」
その前の年、冰 は川崎の飛燕 の実家である寺で約一年間を過ごしたわけだが、その際に雪は降らなかった。つまり、生まれてこの方、雪を見たのは初めてだったわけだ。
感動そのままといった冰 の声音に、兄・周風 もホッと胸を撫で下ろしたようだった。
『そうだな。お前さんは物心つく前からの香港育ちであるからな。雪は珍しかろう』
だが、それこそが雪吹 の″雪″なのだぞと言った風 の声は朗らかだ。
『よく見ておくといい。こんな機会も滅多になかろうからな』
「はい――。はい、お兄様! とても綺麗です」
闇夜から降りてくる雪の結晶は珍しくて美しく、しばしいろいろなことを忘れて見入ってしまう。
「お兄様は雪をご覧になられたことがありますか?」
『ああ。幼い頃に一度だけな。焔 の母君のご実家に連れて行ったもらった時だ。そういえばあの時も冬であったな』
焔 の実母は日本人で、実家は今回の氷室 家と同様財閥である。しばしそんな和やかな会話を続けていると、駅構内から垣間見えるロータリーに黒塗りの高級車が滑るように舞い込んできた。
中から飛び出して来たのは焦燥感いっぱいといった顔つきの愛しい男の姿――。
「あ……! 焔 さん!」
続いて曹来 と鄧浩 、弁護士の佐山 も駆け付けて来た。
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