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生姜と蜂蜜をベースにした熱々の飲み物を作り終えると、鄧浩 は二人の邪魔にならぬようにと部屋を引き上げて行った。
「ほら、冰 。熱いからな。慌てずにゆっくりと飲むのだぞ」
焔 からカップを受け取り、冰 はかじかんだ手を温めながらようやくと安堵できる現実を実感するのだった。ふぅふぅとカップに息を吹き込み、ひと口啜れば途端に身体全体がじんわりと温まる感覚にホッと胸を撫で下ろす。その間も焔 はずっと傍で肩を抱き、大きく温かい掌でポンポンと撫で続けてくれる。
「すまなかった。心細く辛い思いをさせた――」
額と額をコツリと合わせながら焔 は幾度となく詫びの言葉を繰り返していた。
「焔 さん、そんな……とんでもありません! 僕の方こそ心配をお掛けしてしまって……本当にごめんなさい。でもまさか焔 さんが日本に来てくださっていたなんて」
冰 は冰 で、焔 をはじめ皆の手を煩わせてしまったことに心底恐縮の面持ちでいた。
「悪いのは俺だ。余計な心配を掛けまいと事の次第をお前に伝えぬままでいたことが悔やまれてならん」
警護を手厚くするだけでなく、例の伯父伯母が訪ねて来たことなども詳しく伝えておけばこんな目に遭わせることを防げたかも知れないと思うからだ。彼を煩わせまいと極力余計なことを告げずにいたことが裏目に出る形となってしまったのは不徳の致すところである。
「俺の考えが甘かったのだ。お前を危険に晒してしまったことを心から悔いている――」
すまなかった――と、焔 は伴侶に謝ると共に、二度とこんな思いをさせまいと決意を新たにするのだった。
「そういえば焔 さん……」
温かい飲み物と愛しい亭主の腕の温もりに身も心も落ち着きを取り戻す中、ふと冰 は不思議そうに隣の焔 を見上げた。
「ん? どうした」
「いえ、その……焔 さんのスーツ姿って珍しいなって思って」
そうなのだ。九龍城砦地下街にいる時の彼は中華服で過ごすことが通常だから、こうしてスーツ姿を見ることは稀といえる。まあ、何かの式典の際やパーティの時にはタキシードということもあるから、初めて見るというわけでもないのだが、拉致などという特異な目に遭った直後の冰 にとっては安堵故か珍しい思いが湧いたのだろう。大きな瞳をクリクリとさせながら頬を染めて見つめてくる。
「ああ……そういえば普段は滅多にこういう格好をせんからな」
ここは日本だし、中華服では何かと目立つ。そういう意味でも洋装はごく当然なのだが、冰 にとっては新鮮に感じられるのだろう。
「いつもの焔 さんも素敵ですけど、今日みたいなスーツもとても格好良いです」
ポッと、更に朱に染まった頬を恥ずかしげにうつむきがちで可愛いことを口にする。そんな伴侶を腕に抱きながら、思ったよりも彼の心の傷が深くなかったことに安堵する焔 だった。
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