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「嬉しいことを言ってくれる。そういうお前さんも似合ってるぜ、そのスーツ姿」
冰 は同窓会に出たそのままの格好だから、こちらもスーツである。焔 のダークスーツとは違って淡い色合いの清楚な印象だが、これも共に暮らすようになってから焔 が自ら選んだものである。心根のやさしい彼には欲目を抜いても本当に良く似合っている。
今回はとんだ災難ではあったが、とにかくは無事で再会できたこともあり、香港を離れた異国の地で普段の中華服を離れた洋装でデート気分を味わうのも悪くない――などと思える二人であった。
「それよりも冰 。今回のことでお前には心労を掛けてしまったが、お前がれっきとした雪吹 夫妻の実子であることは事実だ」
「――! では……僕が氷室 家の子だというのは」
「ああ、あの伯父夫婦が遺産を手にする為にでっち上げた嘘だ」
「……そうだったのですか! では僕の両親は」
「正真正銘雪吹 夫妻だ」
それを聞いて、冰 は心から安堵したようだ。『良かった』と、何度も繰り返しては、薄らと目頭を熱くする。そんな愛しき伴侶の肩をより一層強く抱き寄せながら焔 は言った。
「ご両親が氷室 家の当主夫妻に仕えていたというのもまた事実だった。お前さんの母上は氷室 夫人にいたく信頼されていたようだ」
焔 は雪吹 夫妻がなぜ氷室 家を去り香港の地へ移住したのかなど、詳しい事情を打ち明けた。
「……そうだったのですか。ではあの伯父様と伯母様のおっしゃったことも全くのでたらめではなかったということなのですね」
冰 は遺産争いに自分が利用されたことには残念な思いながらも、その利用した伯父伯母と名乗る二人のことを恨んだりはしていない様子だった。『あの伯父様たちにもご事情があったのですね』と、理解を示すような素振りすら見せている。拉致までされて利用されたことに憤るどころか、どこまでも人の好くやさしい心根が滲み出るこの気質に、焔 は言いようのない愛しさが募ってならなかった。
「よし、冰 。そろそろ身体も温まったであろう。湯浴みをして芯から冷えを取ろう」
ソファを立つと、焔 は自らバスタブに湯を張りに行った。
「あ……! 焔 さん、それは僕が――」
「いや、いいのだ。すぐに湯が溜まる。それに――共に入るのだからな」
悪戯そうな笑みを浮かべる焔 に、再び頬が染まる。夫婦となって一年以上、今更共に入浴をしようと恥ずかしがることでもないのだが、拉致の直後で少々心細い思いでいた冰 にとってはそんな些細なことも新鮮で、思わず気恥ずかしさが顔を出す。
「あの……そう、ですね。ではお言葉に甘えます」
「うむ、すぐに入れるよう支度をしておけ」
ニッと満足そうに口角を上げながら軽くウィンクまでして上機嫌な焔 に、
「はい……あの、――はい!」
冰 もまた戻ってきた日常に心を温かくするのだった。
◇ ◇ ◇
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