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 甘く熱い一夜を愛しい亭主の腕の中で過ごし、心身共に癒された(ひょう)は、翌朝にはすっかりといつも通りの元気を取り戻していた。  そんな彼を医師の鄧浩(デェン ハァオ)に預けて、(イェン)遼二(りょうじ)は今回の事件に後始末をつける為、警視庁の丹羽修司(にわ しゅうじ)を訪ねていた。その丹羽(にわ)からは、例の伯父夫婦が既に日本を発ち、海外へ逃亡したようだとの報告が告げられた。 「遼二(りょうじ)からの話を受けてすぐに二人の所在を確認したのだがな。寸での差で出国した後だったことが判明した。今頃ヤツらは空の上だ。搭乗記録からすると行き先はスイスだ」 「――スイスとな。とすれば――ヤツら、手にした金を海外の銀行へ移すつもりでいるというところか」  行き先がスイスということから、おそらくは金を預け入れた銀行に立ち寄る為であろうが、その後はどこかに不動産でも購入するつもりなのだろうか。彼らとて氷室(ひむろ)家に対しても事の真相がバレたら困る立場なのは事実だ。ほとぼりが冷めるまでは、おめおめとこの日本に戻って来ることはないと思える。 「目的を果たした途端にトンドラか。どこまでも小賢しいヤツらだ――」  (イェン)は憤る気持ちに舌打ちたくなるのを抑えながら、決意ある視線で丹羽(にわ)を見つめた。 「丹羽(にわ)さん――とおっしゃったか。あなた方、警視庁のご都合があるのは承知だが、ヤツらの捜索には多少なりと手間が掛かることが予想されよう。よろしければ行方を追うのを我々に任せてはいただけまいか」 「――とおっしゃいますと?」  丹羽(にわ)ら警察の立場としては、例の伯父夫婦を詐欺罪で挙げることは当然であろう。それは(イェン)もよく理解している。だが、(ひょう)を利用するだけ利用して放り出すというとんでもないことをしでかしたことへの決着は、自らの手でつけなければ気が収まらないのも事実だ。裏の世界の者には裏の世界の幕の引き方があるのだ。 「ヤツらの身柄を押さえた暁には必ずあなた方の手に引き渡すと約束する。それまで逮捕は待っていただけまいか」  身柄は必ず引き渡す――(イェン)がそう言い切るからには約束を反故(ほご)にすることはないだろう。丹羽(にわ)としては香港裏社会を治める(ジォウ)一族と顔を合わせるのは初めてだが、鐘崎(かねさき)組とは古くから懇意の間柄である。(ジォウ)家の名ももちろんのこと耳にしている。いくら裏社会の人間といえども一旦交わした約束を覆すことはしないだろうと思える。それに、(ジォウ)家や鐘崎(かねさき)組が捜索に当たれば、自分たちの手を煩わせることなく逮捕に漕ぎ着けるだろうことは予想がつく。ただ、丹羽(にわ)には(イェン)らがなぜ自らの手で彼らを捕まえたいと言うのかが理解できているから、即答には躊躇わされるのもまた事実といえた。  おそらく(イェン)は伴侶をこんな目に遭わせた落とし前をつけるつもりでいるのだろう。それが例の伯父夫婦の命を奪るということではないと思えるものの、彼なりのやり方で報復を課すだろうことは聞かずとも解る。警視庁に身を置く立場である以上、それがどのような形であるにせよ、両手放しで報復を推奨することはできない。そんなことは(イェン)も重々承知であろう。それを踏まえた上で『捜索を我々に任せてもらえまいか』という表明は、(イェン)なりの誠意なのだろう。

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