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「壁が壊されていることに気付いたのは二年前に星海 が転落した時に初めて分かったんだが――」
星海 はその壁の穴から隣の住居区に落ちたということだ。
「当時はまだ羅辰 がいた頃だからな。転落事件の後すぐに修復されて、今は穴が塞がってはいるんだが」
「ふむ――。で、今回も実際幽霊を見た者はいるのか?」
「ああ。男遊郭の男娼たちや下男ら数人が目撃してる。ここは地下だから昼夜の区別は無えんだが、一応夜間には街全体の照明が落ちるようになってるべ?」
来るお客にとっても雅を味わう為の遊興施設だ。宴やカジノを楽しむ者にとってはやはり夜間照明での雰囲気作りは必須といえる。つまり、雨風がないだけで昼夜は人工的に作り出されているのである。当然天候の変化も無いから、年がら年中晴天という具合だ。朝になれば人工照明の太陽が昇り、夜は闇に包まれるが、各店の照明が煌々と灯るので地上の夜と何ら変わりはない。ただし、店がハネる時分になれば照明は落ちるから、いわゆる深夜の雰囲気となるわけだ。
「大概は地上世界で言うところの丑三つ時って時間帯に現れているそうだ。深夜、厠 へ行った際に見た者もいるし、お客を送り出した帰り道で遭遇したって話も聞いたが、その誰もが一人でいる時で、辺りに人の気配が無い時が殆どだった」
「なるほど――。それで目撃者たちが実際にどんなモンを見たか分かるか?」
「男娼たちの話じゃ、急に霞 みてえな白っぽい煙がどこからともなく立ち込めてきて、その中に人影のようなものを見たとかってのが多い。まあ皆んな気味悪がって即行その場を逃げたらしいから、人影のような物が実際に何だったのかは分からないと言ってる」
中にはその場で腰を抜かした者もいたそうだ。
「けど、もう一回霞 の方を見ると人影みてえなモンは消えて無くなってたとか。幽霊騒動だけならまだしもだが、この噂が出始めるとまた誰かが死ぬんじゃねえかって――そっちの方が恐れられているようでな。俺の親父も見回りの回数を増やして警戒に当たってはいるんだが」
紫月 としてもこのまま放り置くわけにもいかないと考えているようだ。
「――そうか。だがまあ、普通に考えれば誰かの悪巧みであろうことは確かだろうな。本物の幽霊がいるかどうか云々は別として――そのものが出たってのは考えにくい」
遼二 としては、誰かが故意に皆を怖がらせる為にこんな騒動を仕組んでいるとしか思えないわけだ。実際に人が亡くなっていることから考えて、それが殺人目的であるのならば、騒動を隠れ蓑にした犯罪という考え方も視野に入れねばならない。
「紫月 、とにかく一度――男娼たちが幽霊を見たという現場に行ってみたいのだが」
「ああ、うん。そうしてくれると有り難え」
「ついでに病院にいる菫 のご両親を訪ねて、三年前の男娼の急死についても詳しく聞きたい。その後は二年前の転落現場にも回ってみよう。どのみち焔 にも報告を上げにゃならんだろうしな」
「すまねえな、遼 ! 助かるわ」
紫月 は有難いと言ってパンと胸前で手を合わせると、
「そんじゃ菫 。ちょっくら遼 と出掛けて来っから! 店の方を頼む。何かあれば俺ン親父を呼んでくれ」
「かしこまりました。お二人ともお気をつけて」
こうして遼二 と紫月 は、まず医師である菫 の両親を訪ねることにしたのだった。
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