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「邪魔な鼠――ね。お前さん、今じゃそれこそ″右に出る者″もいねえってほどに確たる地位を手にしたこの男遊郭街でも五本の指に入ろうってほどの売れっ子男娼じゃねえか。これ以上誰が邪魔だってんだ。三年前にその薬を入手してやった時は――おめえさんの出世を阻んでいたとかいう……何とかって名前の御職男娼だったっけな。そいつを消したことでおめえさんは望み通り着実にのし上がったってわけだ。で、その一年後はヤツの後を継いだ新しい御職。あいつの時は薬を盛った上で城壁から突き落としたってんだろ?」 「そうさ。二人が二人同じ死に方をしたんじゃ怪しまれるだけだからねぇ」 「ふん! 綺麗なツラして、やることはおっかねえヤツだ。にしても、邪魔な二人を始末して――晴れて売れっ子の立場が手に入ったってのに、またしてもその薬物が欲しいたぁねえ。今度は後輩の誰かが頭角でも表してきたってわけか?」  つまり、三年前と二年前の男娼の死因にはこの男娼が関わっているということか――。 「言ったろう。そいつは秘密さ。まあ――敢えて言うなら、私の宝物を横取りしようとしている阿漕なドブ鼠が目障りでねぇ。これ以上ウロチョロされたんじゃ、こうしてお前さんたちお客との睦も落ち着いて楽しめないと憂いているのでね」 「はあん? ドブ鼠とな。また随分とお前さんを苛立たせる存在もあったもんだな」  今度はいったいどこの男娼なんだ? と、男は興味有り気だ。  だが――、 「男娼? ふふ、今回はそんなチンケな鼠じゃないのさ。もっと煩わしい――まさに太々しいドブ鼠さ」  彼は甘ったれていた声音を止めると、吐き捨てるように地声を上げるとともに密かに拳を握り締めては震わせた。 「ドブ鼠たぁ随分な言い草だな? 男娼じゃねえってんなら、どこぞの下男あたりか? おめえにとってそんなに気に障る輩ってか」 「……まあね。気に障るというよりも――勘に障る輩さ」 「ほう? いったいどこのどいつなんだ? 何ならこの俺様が手助けしてやってもいいんだぜ?」  男は再び彼の裸体を弄り始める。腕を取り、懐に引き寄せては白い肌を撫で、脇腹や胸板に赤い痕がつく勢いで口淫を繰り返す。 「んもう! しつこいったらないよ! 今夜は充分に堪能したろう? そろそろ刻限だ。帰っておくんなよ」  さすがに堪え兼ねたわけか、不機嫌を露わに男を突き放した。 「ったく! お目当てのブツが手に入りゃあその態度か。あんましこの俺様を怒らせねえ方が身の為だと思うがな」 「うるさいよ! 報酬は約束通りこの身体で払ってやったろう? 戯言をほざいてないでサッサと引き上げておくれ!」  再び襦袢を拾い上げると、それまで晒していた肌をすっかりと覆い、客の男を締め出した。 ◇    ◇    ◇  静かになった部屋で男から奪い取った巾着を眺める。 「ふん……! あの忌々しいドブ鼠め! 図々しくしていられるのも今の内さ!」  癇癪を起こしたように独り言を吐き捨てると、情事で乱れた床に目をくれながら今度は大声で下男を呼びつけた。 「(あに)さん、お呼びで? お客人はお帰りになられたので?」 「見れば分かるだろう! あのしつこい下衆が……! サッサと床を片付けておくれ! あの気色悪い獣の残り香を嗅ぐだけで吐き気がするよ!」  今の今まで甘えた声でしなだれかかっていた客に対しても当の本人が帰ればこの言い草だ。一八〇度態度を翻しては罵る有り様――。要はあの客の男も彼にとっては手駒のひとつに過ぎないということだろう。下男もこの男娼の性質はよくよく知っているのか、逆らうことなくすぐに深々と腰を折ってみせた。 「は、ではすぐに」 「言うまでもないが、布団もきちんと新しいのに替えておくれよ!」 「承知いたしました……」  彼は下男に命令すると、湯浴みで身を清めると言って不機嫌のままに部屋を後にして行った。

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