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「翠萌 はここ――遊郭街へ入る少し前にご両親を亡くされていてな。まだ修業中の弟と妹がいたんだ。彼らは現在親戚に引き取られているんだが、翠萌 はここで得た報酬を毎月律儀に仕送りしていたんだ」
男娼になると決めたのは弟妹らを養う為だったのだろう。
「おそらく――ご両親が健在ならば進んで男娼にはなっていなかったはずだ。望んで入った人生 じゃ決してなかっただろうがな。けど、そんな境遇下でもヤツは恨み言ひとつ言わねえで、いつも明るい笑顔を絶やさない性質だった。いつか立派な男娼になって弟たちに楽させてやるんだって言ってがんばってた。そんなヤツだったから、俺も何かと気に掛けてはいたんだが」
紫月 にとって遊郭街の男娼たちは、皆が家族のような存在だという。今は以前のように無理矢理女衒 によって売られてくる者は減ったものの、中には生活の為、金の為に仕方なくこの世界に身を委ねる者も少なくなかった。そんな男娼たちに少しでも心の負担を軽くしてやれればと、紫月 は彼らを家族同様に扱ってきたわけだ。中でも亡くなった翠萌 のように不憫な境遇でありながらも卑屈にならず心根のやさしい者には、とりわけ気に掛けてきたものだ。
「考えてみたらさ……二年前と三年前に亡くなった二人もホントにいいヤツらだったな。男娼としてはもちろん、文句のつけようが無えくらい立派にこなしていたし、商売を離れた休日なんかにはしょっちゅう俺ンところを訪ねてくれてな。菫 同様ホントの弟みてえに思ってたんだ」
そんな彼らを亡くして、心底悲しい思いを抱えてきたのだそうだ。特に今回はまだ若い新人男娼だ。しかも過去の二件とは異なり、事件か事故かという曖昧さも無い。明らかに殺人といえる亡くなり方だった。
「何としてでも下手人を挙げてやりてえ。そんじゃなきゃ翠萌 も浮かばれねえよ」
残された遺族たちには遊郭街から出来得る限りの見舞金を出したものの、やはりきちんと犯人を捕まえてやらねば憐れでならない。事件以来、紫月 は下男の菫 が心配するほどに棍詰めて下手人探しに駆け回ってもいるのだそうだ。
むろん、そんな彼を側で見ている焔 と遼二 にしても、同じ思いで精一杯捜査に当たっているのだった。
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